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with Sports 沖野敦郎さん(義肢装具士)

(2020年9月4日更新)

with Sports

「スポーツと生きる人」から,スポーツの今とこれからを知る

沖野 敦郎 さん
腕や脚などの四肢を切断した選手が装着するスポーツ義肢。義手・義足を“相棒”に颯爽とトラックを駆け,フィールドを跳ぶ姿は,「格好いい」の一言に尽きる。そんな選手の義肢装具を製作・調整するのが義肢装具士だ。今回は,子供からパラリンピックを目指すアスリートまで,多くの人たちをサポートする義肢装具士の沖野敦郎さんに,製作のこだわりや仕事のやりがいを聞いた。【取材・文/荒木美晴】
沖野敦郎さん

機械システム工学を学んでいた大学時代,偶然目に飛び込んできた光景に釘付けになった。シドニーパラリンピックのテレビのニュース。義足のスプリンターが風を切るようにトラックを走り抜けていった。「脚に機械がついている! 格好いい!」。その衝撃が沖野さんの人生を変えた。エンジニア志望から一転,義肢装具製作を学ぶため,大学卒業後は専門学校に進学。それから義肢装具サポートセンターで経験を積み,2016年に自分の会社を立ち上げた。
手がけるのは,切断部を収納するソケットと付随するパーツ部分。義足の場合は,大腿や下腿などの切断レベル,使用者のニーズに応じてパーツを組み合わせ,製作していく。特徴的なのは,他社の多くが分業制を採用しているのに対して,沖野さんは面談から型取り,製作,フィッティング,アフターフォローまで,一人で担当していることだ。

工房には義肢装具が並ぶ

スポーツに特化した義肢は日常用より扱いが難しいとされる。ただ,沖野さん自身は義手も義足も着けたことがない。自分とユーザーの間にあるギャップ。それを埋め,要望を形にするためフィードバックに耳を傾け,信頼関係の構築に注力する。分業制のほうが作業効率は圧倒的によい。でも,現場の職人にユーザーの声は届きにくい。性格的にも自分が作ったものを直接評価してもらいたい思いがあったと,仕事の流儀を語る。
学生時代は陸上競技部だったこともあり,選手と一緒に走って義肢の感想を聞き,製作に生かす。ただ,現実は甘くないと言い,「肉体に装着するものだから,痛みが出てしまうこともあります。『ふざけんな,こんなの履けるか!』って言われることだってありますよ」と,沖野さん。

コミュニケーションを取りながら一つ一つ調整していく

沖野さんには,忘れられない出来事がある。義肢装具士になって5~6年経ったときのことだ。陸上競技のパラリンピックメダリスト,山本篤選手の義足づくりを任されることになり,技術をつぎ込み完成させた。ところが,競技場に持っていくと,山本選手はその義足を見ただけで拒絶したという。実は山本選手自身も義肢装具士の資格を持つ。その目から見て,製品としてのクオリティが十分でないと指摘されたのだ。「妥協を許さない,すごく細かい部分の指摘でした。悔しかったですが,彼の言う通りでした。今までの自分の知見が狭かったことに気づかされた瞬間でしたね」。それ以降,外国での試合に視察に行ったり,他の選手にも声をかけて情報収集したりするなど,外に目を向けることを心がけているそうだ。

OSPOでは義肢装具の製作を学ぶ実習生を受け入れている。技術や義肢装具士としての心構えを指導する傍ら,必ず一度は陸上競技の義足を装着したアスリートの練習に参加し,同じメニューを走らせる。タイムを競うのではなく,選手の取り組み,苦労や大変さを間近で体感することによって,その選手のファンになり,競技の普及につなげていくねらいがある。
もう一つ,沖野さんには彼らに伝えたいことがある。それは,一人の人間としての視野を広げることだ。「私は機械システム工学を学んでいたので,欲しい部品がないなら一から作り,そのための工具も作るという発想があります。現場で生かされるのは,プラスアルファの知識や技術です。経済学を学んで安い義足を提供するシステムを作る,デザイン学を研究して格好いい部品を作るなど,何でもいい。義肢装具士として一つのことを極めつつ,枝葉を広げていくことも大事だと学生に話しています」

義肢装具への思いを熱く語る沖野さん

沖野さん自身の目標もとどまるところを知らない。目指すのは,「365日24時間対応」で義肢のメンテナンスを行う拠点を作ることだ。義肢は毎日使うもの。どんなに些細でも違和感があれば,救急病院のようにすぐに相談できる場所を作りたい。「自分が義肢ユーザーだったら,あったらいいなと思うので」。社訓「Liberty(自由)・Originality(独創)・Seriously(本気)」に込めた信念のままに,沖野さんも歩み続ける。

沖野敦郎さん


PROFILE ● おきの あつお
兵庫県出身。山梨大学機械システム工学科卒業後,専門学校で義肢装具製作を学ぶ。陸上競技,水泳,バドミントン選手らの義肢,ボートやカヌーの選手の装具類などを製作する。これまでに陸上競技の山本篤選手や多川知希選手ら,パラリンピックメダリストの義手や義足を手がけた。スポーツ義足で走る「オスポランニング教室」を月1回開き,パラスポーツ普及にも力を入れる。