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教育ジャーナル Vol.17-3

いじめ防止

学校からいじめをなくそう【後編】
── 子どもたちの活動、大人の備え
仙台市の取組を参考に

いじめ防止

学校からいじめをなくそう【後編】
── 子どもたちの活動、大人の備え

仙台市の取組を参考に


渡辺 研 教育ジャーナリスト

 この10 年(いじめ防止対策推進法施行以降)、小・中学校とも増加の一途だったいじめ(認知件数)が、一時的にではあっても減少した(暴力行為は中学校ではずっと減少傾向)。やりようによっては、いじめを減らしたり、防いだりできるのではないか。これを機会に、改めて努力の仕方を考えてみたい。
 前編で仙台市の取組を紹介したが、今回はいじめ防止に取り組む同市内の小学校の実例を紹介する。いじめ防止のヒントとなることを願って。

◆仙台市立若林小学校のいじめ防止「きずな」アクション

あいさつの力を信じよう

 玄関を入ると「笑顔宣言令和」と書かれた大きなポスター。「一人ぼっちの子に進んで優しく声をかけます!」「困ったときはお互いに助け合います!」「けんかになる一言を言いません!」と書かれている。
 廊下には「あったかことばの木」。葉っぱにはそれぞれ、言ってもらえてうれしかった「あったかことば」が書かれている。「同じクラブの先ぱいが『いっしょに帰ろう』といってくれた」(4年生)、「AくんとBくんが、わらわせてくれた」(3年生)。ささやかな言葉が学校での1日を心地よくしてくれる。
 若林小学校の「きずな」アクションの行動目標は「思いやり 元気なあいさつ 明るい学校」――相手の気持ちを考えたやさしい行動をしよう!/心のこもった元気なあいさつをしよう! 5月には「クラスみんなで遊ぶ(最低でも週1回はその時間をつくる)」「あいさつをもっと良くする(「Cさん、おはよう」と名前をつけてあいさつをする)」を決めた。
 代表委員会の報告書には「相手の気持ちを考えたやさしい行動、心のこもったあいさつを意識していきましょう!」と書かれていた。
 やはり「あいさつ」が大事。見田佳代校長に「あいさつの心」を伺った。
「私も、『みんなが笑顔になるための一番簡単な方法はあいさつです』と、この学校に着任(令和4年度)して最初に話したんです。職員にも、『力量に関係なく誰でもできるのはあいさつだから、みんなでやりましょう』と話しました」
 簡単で誰でもできるあいさつが、良好な人間関係を築く入り口になり、やがていじめ防止の役割を果たす。なんだかよい意味での“バタフライ・エフェクト”みたいだ。
「子どもだけではなくて、この地域は大人もよくあいさつするんです。通勤中、すれ違う人に『おはようございます』と言うと、知らない人でも、自転車で走っている忙しそうな人でも『おはようございます』とあいさつしてくれます。学校や学校を取り巻く地域のこんな雰囲気は大事です。小さなことの積み重ねが絶大な効果を生むと思います。外遊びも、本当にみんなで下校時刻ギリギリまで遊んでいますよ」
 いじめ防止「きずな」アクションは、“決めっぱなし”ではなく、ちゃんと子どもたちの振り返り(ワークシートによる)も行っている。
「いじめ防止の活動で『やってよかった』と思うものと、その理由を書きましょう」という問いに、6年生はこう書いた。
「全部だと思います。あったかことばの木は、それをやることによって『これからも続けよう』という気持ちになるからいいと思うし、クラスみんなと遊ぶことは、クラス全員とさらに友情も深まるし、男女関係なく遊ぶことで、協力するという気持ちも成長すると思いました。あいさつをもっとよくすることは、あいさつした人同士もいい気持ちになるし、スッキリした気持ちになるからです」
 この児童は、活動をさらによくするためには男女間や他学年ともっとあいさつをすることで「助け合いの心を成長できると思う」と書いている。多様性うんぬんもここが出発点。
 学校に穏やかな空気が満ちる。あいさつがいじめを防ぐと、信じよう。

◆p4c――学級を穏やかな空気が包む

セーフティのある環境

 2年前の3月、若林小学校でp4cによる授業を初めて参観した。永井あやか教諭と3年生児童による、それはもうすてきな授業だった。
 今年の1月、久しぶりにp4cの道徳の授業を見せていただいた。今回は永井教諭と6年生。
 まずテーマを決めるが、教材の文章が少し難しく、子どもたちが“ 目隠し挙手”*によって選んだテーマもやはり難しかった。

*前もって児童がp4c ノートに「自分で考えた問い」を記入。そこから永井教諭が2、3 個選んで提示し、「今日の問い」を多数決(目隠し挙手)で選ぶ。問いを決めたら、ノートに自分の考えを書き、隣同士でそれを話す。これが準備。

 次に、声を出してルールを確認する。
「ボールを持っている人だけが話します」「人の話を否定したり、笑ったりしません」「パスできます」「話していない人が優先です」
 p4cで最も大事にしているのが、誰もが安心して対話に加わることができるセーフティの理念。安心して自分の考えを言える場であることが自由な対話を成り立たせる。
「では、問いを書いてくれたDさんからいこう」。永井教諭の声で話が始まる。毛糸でつくったコミュニティボールを回しながら、子どもたちは話を続ける。難しいテーマにもかかわらず、延べ29人の話がつながった。30人目の男子児童がこう発言した。
「主人公に似た経験のある人がいたら、どういう経験をしたのでしょう」
 教材文から離れてテーマを“自分事”として考えるのが今の道徳。3年生では永井教諭が話題を変える発言をしていたが、6年生は自らこれができるようになっていた。早く自分のことを話したり友達の経験を聞いたりしたいのかもしれない。そのほうが楽しい。
 そういえば、3年生のときは、子どもたちに話の流れがつかめるように板書も多かったが、この日は今、話しているテーマだけ。永井教諭も子どもたちの話に加わっていた。
「最初はたくさん書いていましたが、子どもたちに相談したら、『なくても大丈夫』と言うので、簡略化してやっています」
 子どもたちと一緒につくってきた。
 永井教諭の「夢がかなわなかったけど満足だった。夢がかなわなくてがっかりした。その違いはなんでしょうか」という問いを9人の児童が話しをした。どんな問いでも誰かが何かを話せる。こうして対話は終了し、最後にもう一つ重要な振り返り。
「お話をよく聞くことができましたか」「自分の考えを授業前と比べて深めることができましたか?」「自分の考えをお友達に話すことができましたか?」「今日のp4cはセーフティのある環境でお話しできたでしょうか?」
 セーフティには全員の手が挙がった。

話を聞くと友達のことがわかる

 この日の授業ではセーフティのある環境が当たり前のようにできていたが、はじめからそうではなかった。
 永井教諭は、前年度は5年生の担任だった。クラス替えはあったが、学年2学級なので、単純計算で半数は2年続きで永井級のメンバー。なかなか“元気な”学年だったようで、学級経営には苦労があった。p4cを行っても、肝心のセーフティが低い。どのようにして子どもたちとこの日の環境をつくってきたのか、授業後、お話を伺った。
「最初は、ボールを持った友達が話しているのに、2人でコソコソしゃべってしまうような、本当に話が聞けない子どもたちでした。だからまず、『ちゃんと聞きましょう』というところから、p4cだけでなく、他教科の授業でも繰り返しやっていきました」
 毎回の道徳の授業以外にも、金曜日の朝の会で15分程度のp4cを行ってきたが、そもそも聞いてもらえなければ安心して話せない。
「もっと話したいのにボールを回してくれない」「一部の子にボールが集まる」といった不満もあった。
「じゃあ次はもっとボールを回そうねとか、そこはこう直そうねとか、あのルールも本当にいろいろな場面で徹底してきました」
 あいさつが人間関係のはじまりなら、聞くことやこのルールは道徳の授業にとどまらず、人間関係そのものを一歩、進めてくれる。
「ちょうど今、卒業文集を仕上げているところですが、p4cのことを書いている子がいます。その子は、『4年生までは全然発表しなかったんだけど、あのルールがあって、間違ったことを言っても笑われないっていうのがわかって、p4cの中で話せるようになり、ほかの教科の学習でも手を挙げて発表できるようになりました』と書いてくれていました」
 子どもたち誰もが理解できる具体的でシンプルなルール。みんなで根気強く続ければ、だんだん聞けるようになり、聞けば相手のことがわかるようになって、やがて日常生活のいろんな場面に自然に生かされていく。

クラスの空気が落ち着いてきた

 今ではそんな空気がクラスを包む。
「もちろんp4cだけの影響ではなく、発達や成長もあるんですけど、クラスがものすごく落ち着いたのは感じます。以前は、休み時間が終わるたびに『こういうことがありました』と報告がくるくらいトラブルが多かったのですけど、もうほとんどありません。日頃から友達の話を聞いて、相手のことがわかってきているので、トラブルは減りましたね」
 ある事例を紹介する。クラスに、いささか“あばれん坊”の子がいた。当然、ほかの子たちは「嫌だな」という態度をとるし、それがまたその子をいらだたせる。
「それでもしだいに、あの子にはあの子なりの何かがあるのかもしれないと考えるようになって、『ちょっと乱暴なところはあるけれど、いいところもあるよね』と、その子のよいところを見つけて、相手のことを多面的に見るようになりました」
 何かトラブルがあると、クラスで話し合うこともあった。“話し合えるようになった”と言ったほうがいいのかもしれない。
「『行動はよくなかったけど、それまでにこういうことがあったんだよ』と私が話して、『なるほどね、それじゃ怒ったりするよね』というようにみんなで話しながら、受け入れていきました」
 周りの子たちのこんな空気の変化は、徐々にその子に伝わる。
「自分のことを理解してくれていることがわかって、それで落ち着いてきたというのもすごく大きいと思います。『イライラすると我を忘れちゃう』と自分でも言っていたんですけど、
『でも気持ちを抑えたりしてコントロールできるようになった』と言うようになりました」
 安心して自分のことを話せることで、友達の考えや思いを知る。3年生の授業でも、自分が経験してきたかなり重い話をした子もいた。その機会があることは、子どもたちにとっては想像以上に大きいようだ。
 p4cには、話をすることを通して人と人との心の距離を縮める何か不思議な雰囲気がある。ほかの学校の他教科の授業でも参観したことがあるのだが、やはりそう感じる。あえて記事全体のテーマに結びつければ、いじめなど起きようのない目に見えない力になる。
「あの場で話せる子もいれば、あまり話せないけれどもノートにいっぱい書いている子もいて、友達の話を聞きながらこういうことを考えていたのかとわかることもあります」
 人には誰も、自分の話を聞いてほしい、自分をわかってほしいという思いがある。コロナのせいで、友達同士が自由にしゃべることまでもが制限されたまま、この日の6年生は卒業を迎える。卒業式前の最後の道徳の授業では、みんなでどんなことを話したのだろうか。教室にあふれ、耳に届く声はきっと、中学生になる自分への、友達への、贈る言葉。

次回の予定

5月29日(月)特別座談会 多様性×学校教育

※次回のタイトルは変更になることがあります。ご了承ください。