学研『教育ジャーナル』は、全国の学校・先生方にお届けしている情報誌(無料)です。
Web版は、毎月2回本誌から記事をピックアップして公開しています。本誌には、更に多様な記事を掲載しています。
教育ジャーナル Vol.21-3
■ 幼保小の架け橋プログラム
架け橋は何を求めているのか、そのカリキュラムについて考察した第2回。
第3回はモデル地域の一つ、横浜市で取組を紹介する。
■幼保小の架け橋プログラム
「架け橋」って何?
幼児教育や学校教育に何を求めているのか
~「幼保小の協働による架け橋期の教育の充実」に書かれたこと
【全4回】第3回
教育ジャーナリスト 渡辺 研
架け橋は何を求めているのか、そのカリキュラムについて考察した第2回。
第3回はモデル地域の一つ、横浜市で取組を紹介する。
幼保小のつながりの姿― 横浜市の例
幼保小を資質・能力でつなぐ
モデル地域の一つ、横浜市で取組を聞いた。現場(により近い立場)として「架け橋」をどう理解したのか。〝会議室〟から理想形を求められても、〝現場〟はそのとおりに実現できるわけはない。横浜市の公立小学校は338校。幼稚園と認定こども園はすべて私立、保育園等と合わせた幼児教育施設は約1500。この状況で可能なことはなんなのか。
「架け橋」を担当するのは、教育委員会ではなく「こども青少年局」という市長部局。同局保育・教育支援課幼保小連携担当の田村憲一担当課長と鈴木暁範担当係長(教委指導主事兼務)にお話を伺った。
横浜市の幼保小の連携の取組として、本誌でも鶴見小学校や本郷台小学校のスタカリの公開をたびたび伝えてきた。また、横浜市幼保小連携推進地区事業(幼児教育と小学校教育の円滑な接続と保育・教育の質の向上を目指す)を平成20年度から行っており(令和5年度は32地区81園校)、令和2年度からは横浜市接続期カリキュラム研究推進地区事業(「幼児期の終わりまでに育ってほしい姿」を手がかりにした教育活動や具体的な実践のモデルを示す)を立ち上げた(令和5年度は4地区9園校)。実質的に「架け橋カリ」をすでに実施している学校区もある。
〝現場〟の大人同士や行政に「子どもの育ちをつなごう」という明確な思いがあれば、自然に有効な取組が生まれてくる。モデル地域としても「そうした歴史や仕組みがあるので、何か新しいことをする必要はなく、今までやってきたことを価値づけたり、現場を励ましたり、好事例を広めていったり、そういうことをすればいいのだと思っています」(田村課長)と淡々と臨んでいる。
やってきたことを踏まえつつ、「接続(スタカリの充実など)」ではなく「架け橋」を、横浜市ではどのように捉えたのか。
「幼保と小を滑らかに接続するのはいいことです。でも、幼児教育も小学校も、せっかく『資質・能力の育成』といっているのですから、ここがうまく重なり合うようにイメージしないといけない。それには小学校の先生は幼児期の子どもの実態をきちんと把握する必要があるわけで、そこが大事なはずです。『架け橋』は、資質・能力で考えるのが一番いいんだろうなと思っています」(田村課長)
幼保と小を〝点〟ではなく〝線〟や〝面〟でつなぐ。そのためにまず必要なことは……と、やるべきことが見えてくる。
実感や驚きは大事
小学校の教師たちが、幼児期の子どもたちを知るには、要録や園からの申し送りに加えて、本当なら、活動や動画などを通して子どものリアルな姿を見て、園の先生から「10の姿」で解説してもらうのがいい。
「推進地区のある小学校では、次年度に1年生を担任する先生が3月に幼稚園に子どもの様子を見に行きました。自分たちのフィールドで伸び伸び過ごしている子どもたちを見て、小学校の先生は『この子たちが入学してくるのか。じゃあ、ここから始めよう、こういう手立てを準備しておこう』とイメージができる。そこからスタートできるのはいいと思います」(田村課長)
「子どもがいなくても効果的だと思った推進地区の事例があります。合同研修会などは学校で行っていたのですが、『学校に集まるというのは、自分たちの思い込みかもしれない』という話になって、あるとき、園に集まりました。私もその場にいたのですが、参加した小学校の先生が、掲示物や環境の工夫を見て『こういう空間で育ってきたのか。学校でも取り入れてみよう』とすぐに反応しました。実感や驚きは大事ですね」(鈴木係長)
幼児教育・学校教育をお互いにわかっているつもりでも、実はよくわかっていなかった。それが幼児教育と小学校との間にずっと横たわっていた課題だ。「架け橋」とは、その溝(課題)に架けられた、文字どおり架け橋なのかもしれない。
対話を促進するツール
まずお互いをよく理解し合う。そこが不確かだと、いくら「資質・能力をつなぐ」といっても何も始まらない。横浜市では「架け橋」の取組の視点を〝原点〟においた。
「審議のまとめ」にもこう書かれていた。
●幼児期の遊びを通した学びが小学校の学習にどのようにつながっているかについて、幼保小の先生が子供の姿の事例を通して、具体的に対話をすることが重要になる。
結局は、ここが「架け橋」の最も肝心な部分だった。
横浜市でも幼児と児童、子ども同士の交流は行われている(半数以上の小学校で直接交流を実施。令和4年の調査)。
「交流会のプログラムの打ち合わせだけですませるのではなく、せっかく顔を合わせる機会なので、交流を通して子どもたちに何を期待するのかを共有してくださいとメッセージを発信しています」(鈴木係長)
貴重な接点。ここから協働に進めたい。
ただ、共有してくださいと言っても、それだけで話が弾むものでもないので、異なる立場にいる者同士の対話を促進するためのワークシート「架け橋カリキュラムデザインシート」を作成して(リーフレット形式)、全小学校・園に配布した(「横浜市 幼保小架け橋プログラム」で検索すると、一連の取組とともに現物を見ることができる)。
キャッチコピーは「Let’s talk about our(架け橋カリ)」。
「さあ、架け橋カリをつくりましょう」ではなく、まずは語り合おう。
「こういうことを大事にしたい」
シートはこう活用する。
●まずは(ステップ1)「育てたい子どもの姿を共有しよう!」。横浜市では「未知なことや分からないことを自分なりに考え、自分自身で納得するまで探求し続ける遊びや体験→問いをもち、問い続ける→探究的な学び」というつながりを提案している。これまでの連携の取組や研究を基にした「横浜市が架け橋期に目指す子ども像」にあたる。
●次に(ステップ2)「保育・教育の根底を支え、すべてを包み込むものを共有しよう!」。横浜市からは「横浜市人権教育の2つの理念」「保育・教育宣言」が出されている。「大綱」にあたるものだ。
●これを確認し合って(ステップ3)「育ちと学びをどう支えるのかを具体化しよう!」。
「5歳児・1年生で大切にしたい姿」「共通して大切にしたい体験や活動」「保育士・教諭の工夫」などを話し合う。対話のきっかけとして「夢中」「主体性」など6つの話題と、「~と感じていることは?」など各3つの「問い」も用意されている。自分の考えを付箋紙に書き、シートに貼り付けながらエピソードを紹介し合う。最後に、共有したことをキーワードにまとめる。これが参加者のアイデアでつくった「架け橋カリ@私たちの地域」。
「話しをして、何か一つでもいいので、『こういうことを大事にしたい』というのが見えてくることが大切です。それが見えれば、『大事なこと』が幼、保、小それぞれの計画に位置づいてきます」(鈴木係長)
でもまずは、気軽に「活動のあとで、子どもが~」とか「子どもが楽しみにしている学習は~」とか、エピソードを交換し合えば、「あ、それだ!」とピンとくるものが出てくるはずだ。幼児教育と学校とのつながりを意識しながら〝具体的に対話する〟ことそのものにも大いに意味がある。まずはここからだ。
本質的な育ちをつなげる
幼保小連携を考えるとき、常に出てくる学校区という課題も伺っておく。横浜市では、そこをどう捉えているのか。
「例えば、ある小学校には数十の園から子どもが入学してきます。現実の問題として、距離的に近い3、4園との交流が中心になりますが、『架け橋』に関連して取り組んでいることはDVDにまとめて、すべての園に届けているそうです。そういう形での情報交換の仕方があります」(田村課長)
別の学校での話。生活科で泥遊びをしたとき、園では泥んこになって遊ぶ経験がまったくなかった子どもたちもいた。それでも授業では、経験がある子たちが中心になって、経験のない子たちを泥遊びの楽しさに引っ張り込んでいった。
学校区の「架け橋カリ」だからといって、すべての園が同じ活動や経験をするのは無理な話だ。仮に限られた園との交流や対話であっても、実際の子どもの姿を参考にしながら本質的な5歳児の育ちと小1児童の育ち(資質・能力)をつなげることができていれば、きっと泥遊びのような場面が生まれてくることだろう。これも資質・能力が育った姿だ(「10 の姿」の協同性)。
「一括して『こういうことをやりましょう』と言われても、『うちはできる』『うちでは無理』となるので、それぞれが今までやってきたことを見つめ直して、資質・能力や『架け橋』の視点で考え直して取組を組み立てれば、十分やっていけます」(田村課長)
大事なのは、すべての5歳児に泥遊びを経験させることではなく、経験がある子もない子もお互いに工夫しながら一緒に遊ぶことができるような、そんな子どもたちを育てることだ。資質・能力は、場面に応じて形を変えて汎用的な力として発揮される。
幼児期の資質・能力には「知識及び技能の基礎」「思考力、判断力、表現力等の基礎」と書かれている。せっかく身につけた基礎を、小学校で着実に伸ばす。そう考えると、「架け橋」はごく当たり前のことに思えてくる。
横浜市では「園と小学校との協働の在りよう(架け橋)の事例」の発信など、〝次のステップ〟の構想もあるようだが、この記事では、「対話の充実」でとどめておく。まずは「レッツ・トーク・アバウト・子どもの姿」だ。
【第4回へ続く】
次回の予定
幼保小の架け橋プログラム 第4回
※次回のタイトルは変更になることがあります。ご了承ください。