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教育ジャーナル Vol.21-4
■ 幼保小の架け橋プログラム
架け橋は何を求めているのか。
最終回の第4回は幼稚園と小学校の連携・接続の実践事例を紹介する。
■幼保小の架け橋プログラム
「架け橋」って何?
幼児教育や学校教育に何を求めているのか
~「幼保小の協働による架け橋期の教育の充実」に書かれたこと
【全4回】第4回
教育ジャーナリスト 渡辺 研
架け橋は何を求めているのか。
最終回の第4回は幼稚園と小学校の連携・接続の実践事例を紹介する。
5歳児なりの課題解決
冒頭で〝ベストパフォーマンス〟と書いた5歳児の姿と1年生の学級担任の姿を紹介する。「これを大事にしたい」と大人が共有すれば、子どもの育ちはつながっていく。
國學院大學横浜たまプラーザキャンパスで「國學院大學教育実践フォーラム」が開催された(國學院大學人間開発学部教育実践総合センター第14回夏季教育講座。7月)。その「保幼小連携分科会」で幼稚園と小学校の連携・接続の実践事例の報告があった。
発表者は学校法人みのる学園新大船幼稚園・澤井陽平指導教諭と横浜市立本郷台小学校・永野理沙子教諭。新大船幼稚園と本郷台小は接続期カリキュラム研究推進地区として、令和3年度から合同研修等を行いながら実践を進めている。「架け橋」登場の前からだ。
テーマは「『いきいき』『わくわく』『やってみたい』を引き出す 主体的な遊びと学び」。子どもの「やってみたい」を尊重しながら主体性を育てようと共通理解し、かかわる大人たちがそのように振る舞ってきた。エピソードのみ紹介するが、取組全体や研修等の様子は「横浜市 幼保小連携」で検索すると年度ごとの活動報告を見ることができる。
さて、「やってみたい」がどんな具体的な姿になって表れてきたのか。まず澤井教諭の報告から、子どもたちのダイナミックな姿を紹介する。
新大船幼稚園の5歳児は、4月後半から「ピザやさんごっこ」という〝遊び〟を始めた。段ボールや廃材を使ってスタート。家庭から材料を持ってきたりして個性的なトッピングをしながら楽しんだ。様子は想像がつくし、これならどこの園でもやっていそうだ。
そのうち「やっぱりお客さんがいないとつまらない。宣伝のチラシをつくろう」と子どもたちが言い出したため、保育者は本物のピザ店のチラシを用意した。それを参考に子どもたちはチラシをつくり始めた。
「そうすると、机とロッカーを行ったり来たりする子どもの姿が見られるようになりました。何をやってるのだろうと思ったら、友達の名前から文字を探してチラシに書き込んでいるのです」
「先生、これ、どう書くの?」ではなく、自ら課題解決。5歳児はこんなこともできる。
チラシの効果もあり、ほかの学年の子や先生に来てもらって「ピザやさんごっこ」は楽しく終了……ではなかった。
「やってみたい」を解放
新大船幼稚園にはサークルタイムという時間がある。輪になって、好きな食べ物の話をしたりするのだが、子どもたちはちゃんと話せるし、友達の話を聞ける。その時間に、子どもから「本物のピザをつくりたい」という声が挙がった。その声に乗って子どもたちはピザのつくり方を調べ始める。ピザ窯が必要、生地はどうつくる、具は何……子どもたちの興味関心はどんどん広がる。「おうちでも調べてきたよ!」という子も現れて、子どもたちの旺盛な探究心は家庭にも広がった。そしてついには、〝冷凍ピザ〟〝餃子の皮を生地にする〟〝生地からつくる〟の3種類のピザをつくろうというところまで発展した。
子どもたちの「やってみたい」を尊重すると、こんな姿が表れてくる。澤井先生たちは、「やってみたい」をさらに解放した。
ピザ窯をつくるには耐火レンガが必要だと知った子どもたちは、こんな行動に出た。
「園長先生にお願いしよう!」
「やってみたい」を制約なしに受け止めたら、この先、どうなっていくのか。かかわる大人たちも興味をもったのかもしれない。園長先生は要望に応えて耐火レンガを買ってくれた。保育者は、自分たちの手でピザ窯をつくる経験をしてほしいという願いをもった。重いレンガを扱うため、子どもたちがどのようにピザ窯づくりに取り組めるかを話し合い、2人1組でレンガを運び、写真や動画を見ながら組み立てていく方法でピザ窯を完成させた。
完成したピザ窯で、まず餃子の皮のピザを焼いてみた。思いのほかうまくいったが、焼き上がるのに30分もかかった。火が弱い、炭火のほうががいい、生地の裏側に穴をあけたらいい……探究が始まる。
具材の買い物、冷凍ピザでのチャレンジ、窯で焼いたジャガイモとフライパンで焼いたジャガイモの食べ比べ……子どもたちの「やってみたい」は止めどなく広がっていった。本当に主体的・対話的で深い学びそのものだ。
「活動のキーマンになった子は、年中児までは、みんなを引っ張っていくような姿は見られなかったのですが、『僕が店長で始めたんだよね』と自信がもてて、ほかの遊びにも積極的にチャレンジしていく姿が見られるようになりました」
発表の時点では、ピザづくりはここまで。本物のピザには秋に挑戦する。
計画の中で動かすのではなく
報告後、フォーラム参加者の小学校教諭から「どこまで計画して、どこから『子どもたちから出てきたことに乗っかろう』と思ったのですか?」と質問があった。
澤井教諭はこう答えた。
「年間で計画していたというよりは『4月にピザやさんが始まった』ことで、子どもたちの姿やそのときどきの興味関心に合わせて環境設定を行っていきました。子どもから出てこなかったら、ここまではやっていなかったと思います。これから生地をつくるので、そこで想定外のことが起きるかもしれないし、それも楽しみながらやっていきます」
「年長の1学期に『こんなことやってもいいんだ』『やりたいって言ったら本当にできちゃった』ということを感じてほしいということは考えていました」と澤井教諭はおっしゃっていた。だから、大人が立てた計画の中で子どもたちを動かすのではなく、枠にはめず、5歳児が物事に示す興味関心に任せてみたのだろうか。
それこそ、同じ体験をすべての5歳児がしているわけではないが、このような思いや力は、すべての5歳児が秘めているはずだ。秘めた「やってみたい」を表に出すのが小学校。何かと制約の多い小学校で、永野教諭は「やってみたい」にどう応えたのか。
「やりたくない」を「やってみたい」へ
永野教諭は、教師になったばかりの令和4年度、1年生の学級担任になった。まずスタカリに取り組むのだが、永野教諭は「やってみたい」に、興味深いアプローチを行った。
本郷台小の〝学校たんけん〟は、子どもたちそれぞれが行きたい場所に散っていくスタイルで、これも「やってみたい」の表現の一つ。ただ、「自由に」とか「自分で決める」ことが苦手な子もいる。そこで入学式にちょっと仕かけをして、「入学式のときのアレを見つけよう」と〝めあて〟を設定してスタートする。「いろんな子がいる」ことを十分に意識して、永野教諭自身の教師生活も始まった。
いくつかのエピソードが挙げられたのだが、一つだけ紹介する。
粘土で作品をつくる時間(図工)、「粘土は嫌だ」と席を離れてしまう子がいた(仮にAさん)。「みんなでやるのは嫌だ。一人でやりたい」と言う子もいた(仮にBさん)。
「その子たちをどう受け止めていったらいいのか、すごく考えたのですが、『みんなと同じことをしよう』と強要しないで、子どもの気持ちを受け止めてあげるのが大切なのだと感じたことを覚えています」
どう受け止めたのか。
「Aさんには『先生と一緒に、みんながつくっている〝粘土美術館〟を見に行こうよ』、Bさんには『つくりたいものがあるんだね? できたら見せてよ』と声をかけました。その子たちは自分の気持ちを受け止めてもらえたと思って、安心したようでした」
そして子どもたちは、自分の「やってみたい」をこう表現した。
「Aさんは私と一緒にみんながつくっているところを見たら『やりたくなった』と言って、粘土で作品をつくれるようになりました。Bさんは泥団子をつくったのですが、ほかの子たちから『すごい』と褒められたことで、その後は、活動に意欲的になり、やがて協働的な活動をする姿が見られました」
永野教諭は、スタカリを通して、先輩教師の子どもへの声かけから、こんなことを学んだのだそうだ。
「『やりたくない』という気持ちには何か理由があると気づかされました。そこがわからないと、きっと何を言っても変わらない。Aさんからも、粘土美術館巡りをしながら話を聞きました。実はやりたくないのではなく、『やり方がわからない』と言いました。なぜ、こねるのか、粘土ベラをどう使えばいいのか。でも、みんなの様子を見てやり方がわかって、自分もやりたいという気持ちになったようです」
小学校では、計画を立て、授業や活動を予定どおりに進めていく。そうせざるを得ないから制約も多く、子どもは時に急かされ、「やってみたい」とも言い出せなくなる。
「私がすごく不安だったことは『個人、個人を大事にしていると、学級全体がバラバラになってしまうのではないか』ということでした。でも、『自分の話を聞いてもらえた。認めてもらえた』という経験が『じゃあ、自分もみんなの話を聞こう』につながり、『今はみんなでやる時間だから、一生懸命頑張ろう』という子どもに育っていくんだなと、1年かけて感じることができました。日常的に個を大事にすることで、個人の疑問をみんなで解決しようとしたり、個人の興味がみんなの学びになって集団での活動にも意欲的に取り組めたりするのだと思います。それは小学校から始まるのではなく、幼児期の育ちがつながっているのだと感じることができました」
小学校は〝幼児教育の続き〟から始まる。
「審議のまとめ」は「幼保小の教職員が相互理解を図って円滑な接続を実現し、それぞれの教育を充実するためには、数か月程度の短い期間では不十分であり、長期にわたって取り組むことが必要であると考えられる」といっていた。小学校は幼児教育との接続に1年間をかけて「個別最適なかかわり」を通して集団づくりをし、資質・能力の基礎を本当の力につなげていく。「架け橋」をそう読むと、時間を保障されたような気がしてくる。
本郷台小の原南実子校長は、「架け橋」をこんなふうにおっしゃった。
「かかわる大人たちが、『子どもはすごいんだ、有能な学び手なんだ』という子ども観を共有する。そうすると、自然に『これをつないでいかなければね』という気持ちになる。そこが『幼保小で協働してつなぐ』ことの〝キモ〟かもしれないですよ」
「架け橋カリ」の形はどうあれ、大人がどうかかわってくれると、子どもは幸せなのか、子どもの立場に立って実行したい。
【了】
次回の予定
『授業参観 今また、不易であるための流行』