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教育ジャーナル Vol.22-3

■ 授業参観

今また、不易であるための流行
~日本の先生たちはすごい!
第3回では、横浜国立大学教育学部附属横浜中学校・令和5年度研究発表会の様子をご紹介する。

■授業参観

今また、不易であるための流行
~日本の先生たちはすごい!

【全4回】第3回

教育ジャーナリスト 渡辺 研

 
比較的最近の中教審の分科会などの議論の中に、久しぶりに「不易と流行」※という言葉を見つけた。
まさに今、「学校教育の『不易と流行』を考えてみよう」と言われているように思う。
いつの間にか、学校に託された役割は膨大に膨れあがってしまった。本質を揺るぎないものにするために、
授業を改善し、ICT を活用し、前年踏襲の仕組みを変えてみる。ようやく、そんなふうに学校が動いている。
学校教育の代表である授業は、どう変わってきているのか。
第3回では、横浜国立大学教育学部附属横浜中学校・令和5年度研究発表会の様子をご紹介する。

※「不易流行」蕉風俳諧理念の一つ。解釈には諸説ある。一説に、俳諧には不易(永遠に変わらぬ本質的な感動)と流行(ときどき新味を求めて移り変わるもの)とがあるが、不易の中に流行を取り入れていくことが不易の本質であり、また、そのようにして流行が永遠性を獲得したものが不易であるから、不易と流行は同一であると考えるのが俳諧の根幹である、とする考え方。(学研・四字熟語辞典より)


◆横浜国立大学教育学部附属横浜中学校・令和5年度研究発表会より

1年生の保健体育――個別で、協働的で、最適な学び

跳んだ距離の計測はしない

 授業後、授業者の松山春香教諭と少しお話ができた。種目は「走り幅跳び」。
「走り幅跳びには、助走、踏みきり、空間動作、着地の4つの要素があって、『そのうちのどれか一つでもできるようになろう!』ということで取り組んでいるので、助走を極めようとする生徒がいたり、空間動作を極めようとしている生徒がいたりします。ですので、記録を測りません」
 参観した授業では、確かにそうだった。単元はあと2時間。練習の成果は跳べた距離に表れるものだと思ってきたのだが、「最後まで計測はしません」とおっしゃる。
 だから、こんな授業が行われ、生徒のこんな声が聞けた。
〝80分前〟に遡る。

課題に合わせた練習方法の工夫

 授業の展開を紹介する。
 40人の生徒たちは班ごとに色違いのビブスを身につけ、4人ずつ10班に分かれていた。これを仮に学習班とする。
 単元で目指すテーマは「今ある力を生かしてより遠くへ跳ぼう」。本時のテーマは「仲間と共に探究してきたことを生かしてより遠くへ跳ぼう」。そして「最後のまとめの跳躍の約束」は「私の課題は〇〇です。〇〇を見ていて下さい」。テーマは「より遠くへ跳ぼう」だが、大事なのは距離ではなく、自分が目指したことが達成できたのかどうか。
 スーパーマリオ風の音楽が流れてウォーミングアップ。〝走って跳ぶ〟を3回組み合わせた走り幅跳びらしいアップ。「1回目は遠くへ、2回目は高く。腕を大きく、何かをつかむように。足は小刻みに、速く」と松山教諭の声。
 アップをすませると、課題(前述の4つの要素のどれか)ごとに、新たに4人ずつのグループ(以下、G)になって、練習開始。助走がリズミカルになったり、踏みきりが力強くなったり、空中での姿勢がきれいになったり、転ばずに着地できるようになれば、自ずと遠くへ跳べているはずだ。努力の成果は、距離ではなく動画や仲間の評価等で確認する。
 ハードルやミニハードル、コーン、フープなど、自分たちの練習に必要だと考える道具を持って、グラウンドに散っていく。
 参観者には大学生も多く「エッ? 勝手に練習するの?」「違う練習するの?」という会話が聞こえてきた。中学生に近い年齢の大学生にとっても、従来の体育授業の光景とは異なっていたようだ。
 ところで、練習にはおもしろいハードルが使われていた。〝中央分割バー〟というらしい。バーが両開きのドアのようになっており、跳びそこなってもそのまま駆け抜けられるので、ハードルに脚が引っかかって転ぶ心配はない。それでも踏みきりが合わなくて、思わず手でハードルを突き倒そうとする(手で押してもバーが開くので倒せない)生徒もたくさんいた。非日常的な動作には恐怖感があるのか。こういう体の動きを体得できるのも体育の授業だからこそだ。
 20分ほど経過して、いったん集合がかかった。松山教諭がこんな指導をする。
「Gで一緒に同じ練習をしても、自分はこんなことを達成したい、こんな動きを目指しているんだって、課題が違えばそれぞれ違う動きになるはずです。ハードル一つとっても、膝を意識している人は膝が上がる、腕を意識すれば腕が上がる。課題を意識しないと、ただなんとなく練習して終わっちゃうよ」
 50分の授業に、生徒それぞれが自分の課題をもって臨み、Gでの練習を通して課題に取り組む。〝流行の言葉〟が思い浮かんだ。

課題解決や成長の確認

 もう少し練習を続けて、再び集合がかかった。ここで振り返り。Gごとにホワイトボードにまとめ、「こういうことを意識して、こういう練習をして、こうなった」と報告していく。「腕の振りを意識すると助走のリズムがおろそかになって、次はどうしようか悩んでいるところです」「ハードルを使って高く跳べたけど、遠くに跳べない」など、課題は容易には解決しない。
 授業(単元)で目指していることは「より遠くへ跳ぼう」であっても、そのための課題は一人ひとり違う。自分でしっかり考えて、〝勝手(個別)に、違う(最適な)練習〟をしなければ個別の課題は解決しない。でも単独では自分を客観的に見ることができないので、Gで評価やアドバイスをし合う(協働)。
 もちろん、前提となる走り幅跳びの動作の4つの要素や、適した練習方法の知識や理解は一斉授業で行われ、そこから生徒個々に自分の課題を捉え、練習方法を選択する。
 それこそ自由進度学習のように、一斉と個別の組み合わせで単元を進めていくことになるのだろうか。その結果、教師の指示を実行するだけの生徒ではなく、自ら課題解決に向き合う学習者としても育っていくはずだ。
 授業の最後は、はじめの学習班に戻って動画の撮影。4人は違う課題で練習をしていたので「自分の課題は〇〇です。〇〇を見てね」とほかの3人に観点を伝えてから跳躍・撮影。そして動画を見合って、自己評価や仲間の評価を聞く。松山教諭も「走ってきて跳べるようになったから、成長しているよ。最初は走るのさえ嫌だって言っていたんだから」と声をかける。タブレットの活用は教師の見取りの手助けになる。
 課題の解決や成長をこういう形で確認できるのなら、計測は必要ないのかもしれない。
「一つでも自分の変化に気づいて次につなげることが大事です」と授業は終了した。
 でも、授業には貴重な続きがある。

体育授業を楽しくする考え方

 附属横浜中学校の研究発表会では、授業後、約30分間、代表生徒への質疑応答の時間が設けられていた。この授業に生徒自身はどう臨んで活動していたのかを聞ける。二人一組で計5組。生徒は全員、自ら進んでこの役を引き受けたそうだ。質問に答えてくれたのはNさん(男子)とYさん(女子)。
 二人のGは低・中・高のハードル3台を使って練習していた。低いハードルで直線的に跳ぶ、中で弧を描く動きを覚え、高で上向きに跳んで滞空時間を延ばすという意図だ。
「運動が得意じゃない人もいる班なので、距離を伸ばすというアスリート的な志向じゃなく、楽しむことを目的にやっています。より高く跳んで、より長く風を受けて、楽しさを得る」(Nさん)
 Yさんはきれいな空間姿勢を思い描く。
「空間にいる時間が長くないと手をきれいに上げることができない。Gで言われて気づきました。楽しくっていうことには共感できますけど、私は成功できたときが一番楽しくてうれしい」(Yさん)
 協働することの意義があり、でもそこに個別の目的があり、最適の練習を求めようとする思いや態度がある。「個別最適な学び」は教師の指導や見取りに、学習者の課題意識や問題を解決したいという意思が加わって、初めて成り立つのではないだろうか。
 体育ならではの思いも聞けた。
 Nさんはバスケ部に所属。走り幅跳びをはじめ、体育の授業で経験する他種目の体の動きはバスケに生かせるという。運動は得意だが、目指すのは「楽しく」と言う。
 無造作に跳んでも、遠くに跳べる同級生はいる。体育はそれを目の当たりにする。
「どうして? と思いますよね。頑張っても、どこを工夫しても、伸びないなって限界を感じるんですよ。だったら1回、1回を楽しく跳びたい、楽しく跳ぶためにはどうしたらいいかと考えたときに、それがより長く風を感じて、より長く空にいることが目標になりました」
 授業の目標とは少し違うかもしれないが、このことは、松山教諭のお話にも出てくる。
 Yさんは、運動は得意ではなく、同級生が見ている前で失敗したらどうしようと意識しすぎて、余計に委縮してしまっていた。前の単元は器械運動(マット運動)だった。
「失敗したらどうしようと意識して、やっぱりできなかったんです。でも単元の後半になって、思った以上にできるようになって、それからは楽しくやれたんですけど、もう後半だったので、ちょっとしかできなくて後悔したんです。だから今回は、『失敗したら嫌だな』じゃなくて、『できなさそうだけどやってみよう』という意識でやって、けっこう挑戦できるようになりました」(Yさん)
 ちょっとしたコツで、できなかったことができると、素直にうれしい。スポーツにはそんな喜びがたくさんある。だからこそ、遠くに跳ぶこと以上に運動が好きになる授業の工夫は必要だ。

何メートル跳べたかではなく

 こんな授業が行われ、生徒はこんな気持ちで自分の課題に挑んでいた。授業風景を思い浮かべながら、松山教諭のお話しに戻る。
「『ふわっと跳ぶ』とか『思いきり力強く踏みきる』とか、それぞれの目標が達成できるところにつながるといいと思っています。跳べる、跳べないという授業にしてしまうと『体育の授業は公開処刑だ』という子どもたちも出てきてしまうのですが、このような授業だと『楽しくなりました』と言ってくれる生徒が多くなったと思います」
 Nさんは、まさにそんなふうにこの日の授業を捉えていた。
「私はこの学校に来て2年目で、これからの体育はこうやっていくのがいいよねと学んでいるところです。やはり今後、体育の授業を生涯スポーツにつなげると考えたときに、教え込むよりも、子どもが自分で考えてスポーツができるようになるとか、いつ、誰とでもスポーツを楽しむとか、そういう視点は大事だと、学んでいて思います」(Nさん)
 保健体育には今、豊かなスポーツライフの実現という大きなテーマがある。
「それにまた、自分の課題をもち、それを達成するために何をするかと、探究学習につなげることも大事なことだと考えてやっているところです」
 生徒がグループで使っていたホワイトボードには「探究内容」という文字も書かれていた。きつい練習を継続してひたすら運動能力を向上させようというのではなく、今ある力を生かせるよう、自分の体の動きを調整するための練習方法を工夫して実行する探究学習。そう捉えればいいのだろうか。
 だから〝評価〟も、こんな形になる。
「最初、何も考えない状態で跳んで、動画を撮りました。そこに『自分はこんな動きができていない』と気づきがいっぱい書かれていて、それをパワーポイントにまとめています。最後に、課題が改善されているはずの跳躍の動画を見比べて、仲間と『膝が高く上がるようになった』『助走のスピードが上がった』と気づき合う。何メートル跳べたかではなく、最初の姿と最後の姿を見比べてどんな成長があったかなと、学習していけたらいいと考えています」
(「技能」の評価規準は「スピードに乗った助走から素早く踏みきって跳ぶことができる」、「思考・判断・表現」は「動きなどの自己の課題を発見し、合理的な解決に向けて運動の取り組み方を工夫している」など)
 確実に授業は変わろうとしている。





【第4回へ続く】

次回の予定

8月5日(月)
今また、不易であるための流行 第4回