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教育ジャーナル Vol.22-5

■生活・総合的な学習の時間

何を大事にして、
総合的な学習の時間を
構想しているのか
~横浜市立戸部小学校・令和5年度研究発表会より
【全2回】前編

■生活・総合的な学習の時間

何を大事にして、
総合的な学習の時間を
構想しているのか

~横浜市立戸部小学校・令和5年度研究発表会より

【全2回】前編


教育ジャーナリスト 渡辺 研


戸部小学校は、生活・総合の実践において、横浜市を代表する小学校の1校だ。
1年生から6年生まで、筋の通った生活・総合の考え方や取組を紹介する。


地域とはあくまで〝戸部のまち〟

 校庭からは、横浜市のシンボル的なランドマークタワーが大きく見える。2020年に竣工した横浜市役所新市庁舎が出来上がっていく様子も、毎日、見えていただろう。そんなロケーションだから「地域=横浜市」という発想もできそうだが、戸部小学校(保科優子校長)にとっての地域はあくまで〝戸部のまち〟であり、そこにこだわってきた。
 最寄り駅から学校まで、大きな道路沿いを歩いて10分弱。その間、にぎやかな商店街など、いわゆる〝戸部のまち〟らしきものは見当たらない。大都市のまち中なので自然環境に恵まれているわけではなく、港町ヨコハマの風情が感じられるのでもない。こんな書き方をしてはなんだが、必ずしも豊富な学習材にあふれているようには見えない。
 それでも戸部小の生活・総合で大事にしてきたのは、子どもたちが生活し、その生活を支える人々が暮らす戸部のまち。
 研究発表会の日( 11 月)、総合ではなく、あえて1年生と2年生の生活科の授業を参観した。学校たんけんの次のステップとして、子どもたちがどんなふうに〝戸部のまち〟にかかわりをもち始めるのかに興味があった。まず、総合の入り口を知っていただきたい。

「おかえり」「ただいま」

 学校たんけんで、1年生の関心は「あれ何?」「何するところ?」「何する人?」と広がっていく。学校の外に出るとき、子どもたちは「人」を介してまちへの関心をもった。
【1年2組・前田雄介教諭 単元「きらきらつうがくろたんけん」 本時「まもりたいたいけんをして、きづいたことおもったことをつたえあおう」(12/15時)】
 夏休みまで、たっぷり学校をたんけんした1年生は、登下校に歩く戸部のまち、家族と出かける戸部のまちにしだいに興味をもち始める。そこでクラスでは、9月から通学路たんけんを始めた。「あれは何?」「あそこは何のお店?」と、学校たんけんで培った「ひと・もの・こと」への興味関心が発揮される。そして出会ったのが「まもり隊(地域の見守りボランティア)」の人たち。
「朝と帰りに横断歩道のところに立っている人は何をする人?」
 この「?」を「!」にするのが、「まもり隊を体験しよう」(公開授業を含め4時間)。
 すでに2回、下校時間を早め、子どもたちはまもり隊のMさんの側に立って見守り体験をした。Mさんは安全確認をしながら子どもたちに「おかえり」と声をかける。公開授業ではこの体験の振り返り。
「Mさんはどうしてすごいの?」と前田教諭。
「みんなを守るために10年やってくれている」
「やさしい」「Mさん(固有名詞で呼ぶ)は『あいさつをしてくれるとうれしい』って言ってた」と子どもたちは口々に答える。Mさんは下校する子どもたちに「おかえり」と声をかけていた。子どもたちは「ただいま」と返す。
「戸部のまちにおかえりなさい」「ただいま」。
 机を寄せて〝まもり隊ごっこ〟を始める。子どもが代わる代わるMさんになり、教室に「おかえり」「ただいま」があふれた。
 登下校の安全だけではなく、こうした大人に守られて、自分たちはこのまちで育っていく。1年生は、そう実感できただろうか。

戸部のまちはどんなまち?
 初めてのまちたんけんから1年経つと、子どもたちは旺盛な探究心を発揮する。
【2年1組・益田昌弘教諭 単元「とべまちひまわりたんけんたい」 本時「まちたんけんの!・?・♥(ひまわりポイント)をつたえ合おう」(15/20時)】
 まず全員で〝下見〟のために戸部のまちを歩き、気になる店、家族と行ったことがある店など8軒をピックアップ、自分がもっとよく知りたい店を決めて(振り分けは子どもたちが上手に調整して4、5人のグループに)、店主の許可をとって〝取材〟に出かけた。公開授業までに5回。個別たんけんの時間を時間割に組み込み、その日は保護者ボランティアが付き添った(2年1組の保護者)。
 この日の授業は、5回のまちたんけんの振り返り。たんけんをして発見したことを伝え合い、ほかの店の情報を共有する。
「S洞のおばちゃんは東京生まれらしい」「T屋にはサツマイモが置いてあって、それで芋ようかんをつくっているのかと思いました」「I薬局のTさんは、昔、薬の研究をしていたそうです」「K青果店はブロッコリーが黄色くならないように氷水で冷やしています。おいしいブロッコリーを届けるためです」
「H店のHさんはなぜ子どもに優しいのかというと、子どもがかわいいからです」と子どもたちの相互指名で発言をつないでいくが、2年生にとってもやはり「戸部のまち=人」だ。
 でも、授業では人そのものだけでなく「営み」も伝え合わなければならない。
 益田教諭が「みんなは『戸部のまちをもっと知りたい、もっと調べたい、お店の工夫を見つけてこよう』ってたんけんしたよね。ひまわりポイントは見つかった?」と問いかけ、何を紹介するかグループで話し合う。
 H商店グループは「おさいふにやさしい」がいいか、「安い」がいいかで意見が分かれている。「おさいふにやさしいってなんですかって聞かれたら?」「なんでも安いからって言う」。さて、どんな結論になったのか。
 最初に発表したのがH商店グループ。「ひまわりポイントは『おさいふにやさしい』です」。結局、そう決まったようだ。でも質問は少し違った。「誰のおさいふですか?」「お客さん」「私の」。教室が笑いに包まれる。
 K青果店は「お客さんが大変にならないように工夫をしているところです」「どんな工夫ですか?」「ごぼうは長いので切って渡すそうです」。
「(I薬局の)Tさんは分包機で薬をまとめています」「パティスリーKではお休みの日でも頑張って生地をつくっているからです」
 その人たちがどうしているかも、ちゃんと調べてきていた。
「戸部のまちってどんなまち?」と益田教諭。
「子どもにも大人にもやさしいまち」「気軽に行けるまち」「元気をもらえるまち」……。
「この後、どうする?」という問いかけに「ほかの店にも行きたい」「もうちょっと遠くに行きたい」と答える子どもたちの声の中に「お礼に行く」という声が聞こえた。
 そして、この時間の振り返り。子どもたちの声がピタッとやみ、カリカリと鉛筆の音だけがする。戸部小の振り返りは全学年、観点を示さず子どもたちが自由に自分の思いを書く。ある子はこんなことを書いた。
「きょうのじゅぎょうは、黒板がもう書けないくらい、みんながいけんを言ってびっくりしました。ほかのチームのことがしれました。とべのまちはやさしい♥あかるい♥しんせつ♥きもちいい♥元気をもらえる♥」
 戸部のまちが子どもたちの気持ちの中に息づいてきた。


なんのために、本気で何をするか
 生活科の時点ですでに、子どもたちには戸部のまちへの愛着が生まれていた。さて、子どもたちの気持ちや子どもや学校に向けられたまちの人々の思いから、「戸部の総合」はどう展開されていくのか。
 今年度の研究主題は「『夢をもち、夢を実現する子ども』本気の課題設定~何のために・何をする~」。子どもたちは、生活の場である戸部のまちに対して〝何のために、何ができるのか〟。単なる教室での学習ではなく〝本気〟でそれに取り組む。
 令和5年度研究紀要は「第50集」。継続の意義を物語るように、6年かけてそういう子どもを育てるための系統表(9つの視点を設定、それぞれについて低学年・中学年・高学年の子どもの姿)、「戸部のまちの『ひと』『もの』『こと』の視点」、「本校の総合的な学習の時間の内容」(三つの資質・能力に基づき、何を育てるかを具体的にしたもの)、単元構想の視点などが明確にまとめられている。
 どれも紹介したい内容なのだが、それが具体的にどういう学習になったのか、3~6年生の今年度の総合の単元の構想を紹介する(紀要の「子どもの思いと教師の願い」等から抜粋)。これを3年生から順に読むだけでも、戸部のまちとかかわりながら子どもたちにどう育ってほしいのかがわかる。








                                       

【第2回へつづく】

次回の予定

9月2日(月)
何を大事にして、総合的な学習の時間を構想しているのか【第2回】