学研 学校教育ネット

教育ジャーナル

バックナンバー

学研『教育ジャーナル』は、全国の学校・先生方にお届けしている情報誌(無料)です。
Web版は、毎月2回本誌から記事をピックアップして公開しています。本誌には、更に多様な記事を掲載しています。

教育ジャーナル Vol.22-6

■生活・総合的な学習の時間

何を大事にして、
総合的な学習の時間を
構想しているのか
~横浜市立戸部小学校・令和5年度研究発表会より
【全2回】後編

■生活・総合的な学習の時間

何を大事にして、
総合的な学習の時間を
構想しているのか

~横浜市立戸部小学校・令和5年度研究発表会より

【全2回】後編


教育ジャーナリスト 渡辺 研


戸部小学校は、生活・総合の実践において、横浜市を代表する小学校の1校だ。
1年生から6年生まで、筋の通った生活・総合の考え方や取組を紹介する。


6年生にインタビュー

 4月から5月にかけて、3年生は「総合ってどんな学習?」、4年生以上は「今年の総合で何をするか(どんな総合にするか)決めよう」に十分な時間をかける。1年間の学習を実りあるものにするための最も肝心な部分だ。始まってしまえば、いわばグループごとの自由進度学習なので、やるべきことを確実に共通理解して取り組めるようにしておかなければならない。「テーマの決め方」は、あとで研究推進委員長の土田大貴教諭に伺う。令和5年度は次のように学習が進んでいる。なお、カッコ内は協力を頼んだ外部の専門家。
【3年1組「31リポーター」】子どもたちは、生活科の経験に加えて、社会科でも戸部のまちを学習し、よさをさらに発見した。その経験を生かしてインタビューや情報の見直しをしながら、まちのガイドブックを作成する(観光ガイド等を発行する出版社のTさん)。
【3年2組「32ネイチャーゲーム」】総合とはどんな学習なのかを6年生にインタビュー。
「みんなで協力していくこと」「自分たちで話し合いを進めること」「目標を決めて計画すること」などを知った。自分たちがやりたいことを考えていく中で、「自然や生き物と関わりたい」「遊びで町の人と関わりたい」という思いが高まりネイチャーゲームに興味をもった(シェアリングネイチャー協会Aさん)
 4年生はピンポイントのかかわりだ。
【4年1組「夢和菓子」】「目標を自分たちで設定し、試行錯誤を繰り返してよりよいものをつくりあげていきたい」「いろいろな人と関わりながら学習していきたい」という意見が出た。校庭の柏の木の葉で柏餅をつくった経験から、総合のテーマを和菓子に決め、オリジナル和菓子づくりに取り組む(戸部の和菓子屋・T屋のSさん)
【4年2組「草木染め」】「自分たちが楽しむだけでなく、もののよさを広めたい」「もっといろんな人と関わりたい」という意見から、二つを達成するためにものづくりをすることになった。4月にツツジの花を使って布を染めた経験から、草木染めに取り組む。草や木や花は、校庭の植物を採取、給食室や職員に協力を仰ぎ、集めてもらった野菜の皮なども利用した(草木染工房のKさん)
 生活科で見た1年生、2年生はこんなふうに成長する。戸部小では子どもたちが経験したことを確実に積み上げている。


まちの役に立つことをしたい

 高学年になると、思いは「自分たちがやってみたい」にとどまらなくなる。
【5年1組「戸部町写真展」】今年の総合では「まちの役に立つために、まちの課題を解決したい」という意見が出た。そこで、横浜市西区の「にこまちプラン」の中からまちの課題を調べ、自分たちが解決できそうな課題を話し合った。その結果、「住み続けたいまちを目指す」というまちの目標に注目した。
「戸部に住んでいる人たちや新しく戸部に住む人たちに住み続けたいと思ってもらえるように、まちの魅力を広めたい」という目的のもと、市役所の職員にもヒントをもらい、戸部のまちの魅力を写真に撮って広めようと決
めた。1月以降、写真展を開く(写真家Iさん、市・区役所の人々)。
【5年2組「TOBEロゲイニング」】2組でも「まちの課題を解決して役に立ちたい」という意見が出た。西区役所でインタビューなどを行い、「運動に関心が少ない人が多い」「まちのことをもっと好きになる」という課
題がわかり、「まちを生かして楽しみながらできる運動を広めて、まちの健康づくり・活性化に協力したい」という思いを高めた。具体的に取り組んだのがフォトロゲイニング。
8月以来、すでに3回開催している(フォトロゲイニング協会Iさん、区役所の人々)。

(注キャプション)
フォトロゲイニングとは、地図をもとに時間内にチェックポイントを回り、得点を集めるスポーツ。チェックポイントでは見本と同じ写真を撮影、そこに設定された数字がそのまま得点となり、より合計点の高いチームが上位(日本フォトロゲイニング協会ホームページより)

【6年1組「戸部まち知域王」】「戸部のまちのために本当に役立つことをしたい」という意見から、区役所でまちの課題を聞き、まちの実態を知るためにアンケート調査を実施。その結果、「住んでいても知らない魅力がたくさんある」ことがわかり、「戸部のまちの魅力を伝えて、もっと戸部のまちを好きになってほしい」という思いを高めていった。そして取り組んだのが「戸部まち知域王」の制作。知域王とは「遊びながら地域を学ぶ」をテーマにしたボードゲームで、地域創生、地域活性化を目的に新潟市の企業が開発。その戸部版(知域王制作者Tさん、区役所の人々)
【6年2組「とべっこ体操」】「戸部のまちのためになることをしたい」という思いから「にこまちプラン」を読み取り、区役所で話を聞いてまちの課題を整理した。そこで「大人も子どもも運動から離れている人が多い」ことがわかり、「楽しく続けられる運動を戸部小やまちの人と一緒に行い、健康の大切さを広めていきたい」という思いをもった。そして、楽しく効果的で長く続けられる体操の創作に取り組んだ。シンプルだからまちの人たちに溶け込んでいきそうだ(日本体育大学のMさん、区役所の人々)
「自分たちがこうしたい」から始まる「戸部の総合」は、まちの人々とかかわるうちに、子どもたちに「まちのためにこうしたい」「本当に役立つことをしたい」という気持ちを自然に育てていく。昨今の大人たちの醜態を目の当たりにすると、こういう子どもたちこそが地域や国の未来を拓く希望だ。


今年もその時期がきたねえ
 改めて土田教諭に「戸部の総合」のポイントを伺う。確認したいことが二点。
 前述のように、学校周辺に豊富な学習材があふれているわけではない。新しく戸部小に着任した教師はどうやって学習材を見つけてきたのか。もちろん、これだけの蓄積があるのだから、ある程度のめどはたつだろう。その上「学習材選定のチェックポイント」もつくられている。加えて、大いに同僚性が発揮される。これも学校とまちとがかかわりを保ち続けるための重要な要素だ。
「4月、給食が始まる前に、主には低中高のブロックで連れ立って、日替わりでいろんなお店に昼ご飯を食べに行きます。その途中で、お世話になったお店に立ち寄って『新しく来た先生です』と紹介します。データが残っているからかかわれるというものではないですから。まちの方たちも、『また今年もその時期がきたね』といって迎えてくれます」
 学校とまちのかかわりといっても、本質は教師・子どもとまちの人々の関係だ。
 もう一つが、4~5月のテーマを決める段階だ。単元の紹介で気づいていただけたかもしれないが、どのクラスも子どもたちの思いが前面に出ている。教師が選択肢を提示してそこから子どもたちが選ぶという単純な話ではない。
 総合の創設時、「子どもの興味・関心に基づく課題」が過剰に重視されて〝子どもに丸投げ〟の状態を招いた実践もあった。でも、20年経って、こうした優れた実践を見ると、教師の指導も子どもたちの興味・関心も、その質が格段に上がったことがわかる。
「戸部の総合」では、子どもの思いをどう具体的な取組につなげるのか。
「自分の中では『この材でやりたい』と見当をつけても、子どもたちが何をやりたいと思っているのか、どこに気持ちが向いているのかを聞かないと、材の選定はできません」
 土田教諭は6年1組の担任で、取り組んでいるのは「知域王」。では、どうそれに取り組むことに決まったのか。お話を要約してお伝えする。


子どもが学びを進めていく
 「まちのために役立つことをしたい」という気持ちは5年間で育っていた。具体的な課題を捉えるために、区役所やまちの人に話を聞くという方法も身につけていた。
「6年生なのだから、事前にちゃんと資料を読み込んで、その上で自分たちにわからないことを区役所の方に聞こうと話をしました」
 そういう段階を踏んで6年生たちが頑張りたいと言ったのは、「やっぱり、まちの人たち同士のつながりを増やしていきたい」。実は、子どもたちは5年生のときにイベントを開催して、たくさんの人を集めていた。でも、イベントがいくら盛りあがってもそれだけでは本質的な人のつながりは生まれないことにも気がついていた。
「昨年度の取組を思い出して区役所の方に話をしたら、『つながりは最高目標。そこまでには段階があります。まずはまちを知ってもらい、好きになってもらう。そこをねらってください。特に若い人たちにつながりは必要。まさに、あなたたちです』という話をしていただけました。そこで出してもらったのが『まちへの愛着』という言葉でした」
 区役所の職員も、こんな形で子どもたちを育ててくれている。「じゃあ、まちに愛着をもってもらうためにはどんな総合ができるのかということで、いくつか出たアイデアの中の一つが『知域王』でした」
 目標が具体的になると、子どもたちはすごい力を発揮した。自分たちでどんどん〝アポどり〟をして、改めて戸部のまちの飲食店や施設を取材して約50枚の原案を作成。さらには、それを商品化するためにインターネットを通じてクラウドファンディングにも挑戦、みごとに目標を達成した。
 年間70時間の大単元に取り組むには、「今年の総合で何をする?」が極めて重要だ。乱暴に言えば、課題が整理できて目標(ゴール)が定まれば、時には失敗がありつつも、そう苦労なく進めていけるのではないか。
「そこが核心ですね。何を目指すのか、戸部小でいう『夢』が設定できて、それを解決するために扱う材が自分にとって本当に魅力的なものであれば、細かいことはありますが、回っていきますね。逆に、解決すべき課題が中途半端だったり抽象的だったり、子ども同士の共通理解があまりできていないとか、先生とのズレがあると、材がどんなにおもしろくても、やっていく最中にズレが出てきます。あるいは、理解して取り組んでも、子どもにとって材が魅力的じゃないと『やらなきゃいけないのはわかるけど、つまらない』ってなります。そこのバランスが、総合では一番難しい。その二つがちゃんとしていれば、総合は回っていくし、〝子どもが勝手に学びを進めていく〟というのはすごく感じますね」
 本気になることで、子どもたちは学習者として育っていく。

やがてきっとよき市民に育つ
 紀要にはこう書かれていた――「『夢をもち、夢を実現する』ということは、現実を直視し、そこからよりよい実生活の営みや実社会との関わり方を模索し、未来図を描いて、一歩一歩着実に現実に変えていくことである」。本当にそのとおりの総合だ。
 戸部小の生活・総合は、戸部のまちに徹底してこだわる。だから、まちの人々と「おかえり」「ただいま」の関係が生まれ、「今年もその時期がきたねえ」と〝新参者〟を優しく仲間に迎えてくれる。区役所の職員も快く学校に来てくれるそうだ。
「子どもたちを戸部のまちから出さないための〝まちへの愛着〟とかかかわりではありません。『目の前にある課題を解決したい、どうにかしたい』というところを大事にしたいなと思っています。将来、大人になってどこか別のまちに住んでも、そのまちのために何かできないかなって思いや行動につながれば、学んだことが生きるので」
 戸部のまちの人々も同じ思いなのだろう。地域全体で子どもを育てる。その一つの形が戸部小のこの生活・総合だ。
 土田教諭と話をしながら、ふと「井の中の蛙 大海を知らず」というフレーズの〝その続き〟を思い浮かべた。「されど空の深さ(青さ)を知る」。井戸の中の世界しか知らないけれど、唯一の外界、空の微妙な変化やその青さは誰よりもよく知っている。
 平凡な言い方をすれば、戸部のまちを深掘りすることで、やがて横浜市全体の課題や国が抱える課題を整理し、それを解決しようとする〝よき市民〟として育っていく。子どもたちが取り組む課題は、決して〝戸部限定〟の課題ではない。「戸部の総合」をまとめながら、そんなことを思った。
 ところで、「戸部の総合」に取り組む土田教諭の興味・関心は「家庭科」。なぜか、ものすごくわかる気がしたので、あえて書き添えさせていただいた。




【了】

次回の予定

9月17日(火)
修学旅行改革