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教育ジャーナル Vol.25-2
■「変革者」たれ
「現状維持」という選択肢はないこの時代に
未来創造型教育カリキュラムを
第2回では、学校の成り立ちから、
教育の特色などについてご紹介する。
全4回(第2回)
■「変革者」たれ
「現状維持」という選択肢はないこの時代に
未来創造型教育カリキュラムを
久しぶりに
福島県立ふたば未来学園を訪ねて思うこと
【全4回】(第2回)
教育ジャーナリスト 渡辺 研
自らを変革し、地域を変革し、社会を変革する、地域を変革する「変革者たれ」。
この言葉をこの学校の建学の精神を表す言葉として、ここに刻もう。
そして私たちが変わるために、社会が変わるために、大切にすべき価値観や考え、変革のための理念は何か。
それは、「自立」「協働」「創造」である(ふたば未来学園の校訓)。
もはや「現状維持」という選択肢はないこの時代に、「変革者」が求められる。
第2回では、学校の成り立ちから、教育の特色などについてご紹介する。
◉ 震災後に生まれた中学生たち
はじめに、この学校の成り立ちに関係することを郡司校長に伺う。
今年度、中学校に入学した60名(2学級)の生徒たちは2011年度世代。3月11日にはまだ生まれていない。なぜ、自分たちは変革者であることを求められるのか、それを理解するには〝3・11〞を素通りするわけにはいかない。中学1年生が建学の精神を〝自分事〞にするには、どんな方法がとられているのか。入学式の翌日、対面式が行われ、そこでは前出の5校の校旗が立てられる。
「本校で校旗を預かっておりまして、校長が震災の話とともに5校の伝統を引き継いでいるのだという話をします。それが恒例になっています」
5校は今も休校中。閉校でも廃校でもない。再開のめどはたっていなくても、おいそれとはなくせない。学校はそういう存在だ。
「翌週はオリエンテーション合宿。1泊2日で演劇ワークショップを行います。プロの劇団の方に指導していただきます。震災に特化したものではありませんが、コミュニケーションを学ぶことが目的です」
演劇は15年の創立時から取り入れられている学校の根幹をなす活動だ。指導に協力するのは平田オリザ氏(劇作家、演出家)。平田氏は「演劇を使ったコミュニケーション教育は、単なる情操教育や表現教育とは異なり、異なる価値観を持った人とも共生していくための、文字通り21世紀を生き抜く力を養うものです。福島の置かれた状況を、国内外の人々に正確に、しかも共感を広げていく形で伝えていかなければならない福島の子どもたちに必須の科目だと考えます」とおっしゃっている(学校パンプレットより)。
開校当初は、福島のリアルな現状をベースに、高校生なりのやりきれなさや怒りを込めた強烈な劇も演じられた。
演劇・コミュニケーションは「④未来の主人公となる学び」の一環で、演劇教育の専門の教員も配置されており、外部講師との連携により、中学校では、随時、ワークショップが行われる。そこでは、自分と他者との違いに気づくこと、他者と対話を重ね協働すること、言葉・身体・表情の操作を試行錯誤すること、正解のない課題に取り組み楽しむことを通じて、表現力やコミュニケーション力、創造力を育成する。また、活動を通じてお互いの違いを認め合う寛容な学びのコミュニティを形成する。
また、福島で何が起きたのかをダイレクトに学ぶためには「東日本大震災・原子力災害伝承館(双葉町)」の見学・研修を行う。
学校には寮があり、遠方からの入学者もいるので全員が近隣の小学校出身というわけではない。それぞれ多様な12年間を過ごしてきた者同士が、自分と他者との違いに気づきながら、この学校で共に学ぶ意味を考える。
そんなふうに中学校生活が送られる。
◉ 哲学対話、リーダー学
ふたば未来学園の教育活動の最も大きな特色は①「未来創造学(中)・未来創造探究(高)」なのだが、先に演劇を含む④にふれておく。スペシャルな活動もあれば、他校でも取り入れられそうな活動もある。
トータルしてシティズンシップ教育と呼んでいる。身の回りのことも社会のことも他人任せにせずに向き合い、自ら考え動くことができる能動的な市民としての主権者意識、市民性、人権感覚を育む。この学校の高校生たちは、物事に向き合うのに「自分事」という言葉をよく使うそうだ。大人にもそうあってほしい。
中学校の具体的な活動には、演劇・コミュニケーションのほかに、各界のリーダーから学ぶリーダー学、正解のない課題を深く考える哲学対話がある。
哲学対話は、4月下旬に各学年で第1回目が実施された。1年生はデモンストレーションということで、「将来の夢は、ないといけないの?」をテーマに全員がひと言ずつ話した。「将来、自分は何をしたいのか」が明確ではない生徒にとっては「きみの夢は何?」は、されたくない質問だ。新たな人間関係の始まりに、このテーマに向き合うことはかなりタイムリーだ。
2年生のテーマは「公平」。まず、授業者(教師)がこれまでの人生で感じた「これは本当に公平なの?」という出来事を話す。そのあとで、生徒たちが感じてきた「これは本当に公平なのか」をグループで話し合い、「『これって、公平?』カード」をつくった。次回はこのカードを使ったゲームを行い、さらに「公平」について考える。
中学生から見ても「?」と思うことが身の回りにはあるはずだ。黙って見過ごすのではなく、論じ合うことは、その後の人生のプラスになるだろう。
3年生は「夢」。「そもそも夢をもつべきなのか」「なんのために夢をもつのか」「夢とはどんな存在なのか」と、より哲学的な世界に踏み込んでいく。まさに、正解を求めるのではなく、多感な10代の若者は、こんな命題を考えることそのものが大事だ。
リーダー学では、実は取材の前日、2年生がゲスト講師による哲学対話を行っていた。講師は小泉進次郎衆議院議員。ゲストというより、小泉氏は「ふたばの教育復興応援団」の一人で(平田オリザ氏も同様)、開校時からしばしば来校している。
「小泉先生は、生徒たちに『自己決定が大切だ』とよくおっしゃっています。今回もそれをメインテーマに、生徒たちが具体的に考えた『自己決定した道に正解はあるのか』というテーマで対話を行いました。小泉先生が上手に話を回してくれたので、たくさんの生徒が話をしてくれて、中にはカミングアウト的な悩みを話した生徒もいました」
やがては国のリーダーになるかもしれない人と直に話ができる。生徒たちは何を学び、何を自覚したのだろうか。
◉ 地域の魅力を探究・発信
①「未来創造学」は、各教科との往還による深い学びを実現する。各教科で学んだ知識を活用し、試行錯誤しながら現実社会での課題解決学習に取り組み、知識を実践力に高める。中学生は双葉地区を「第2のふるさと」とし、身近な地域を学習フィールドとして福島の歴史・伝統・文化を学びつつ、地域の「ひと・こと・もの」とのかかわりを通じて、フィールドワークを中心に地域の魅力を探究・発信しながら未来の社会の姿や自分の生き方を考えていく。年度初めに3年生は分散して双葉郡内8町村にフィールドワークに出かける。その活動の成果を、こうまとめた。
【中学生の実践例(昨年度)】
生徒の思いもお伝えしたいので、自分たちの探究テーマを生徒自身がまとめたプレゼン資料から3例紹介する(抜粋)。
◆「鉄を追え」浜通り地方の海岸には砂鉄がとても多くあり、中世では「たたら製鉄」が盛んだった。地元の人にこの製鉄の歴史を知ってもらうことが探究の目的。アンケートや聞き込み調査などを通して、地元の歴史に興味をもつ人が少ないことがわかった。
私たちは魅力あふれる製鉄の歴史が忘れられることを止めたい。探究で調べたことや実験の結果を地域の子どもたちに地域の歴史教育として伝え、地域の活性化につなげることを目標としている。
◆「ぶどリーム」私たちは中1のときに、ワインブドウについて調べました。その後、このメンバー3人で、川内村のワインブドウについて探究していくことになりました。
探究の目標は、震災からの復興を目指して始まったワインブドウという特産品の魅力や、生産者の思いを皆さんに届けていくことです。より伝わりやすくするためにワインの搾りかすを使った染め物に思いを乗せて発信しています。染め物の体験会を開き、川内村のワインブドウの魅力や染め物の魅力を肌で感じてもらうことができました。
◆「イマジン・フューチャー・エナジー(実際は英語の表記)」双葉郡が再生可能エネルギー(主に水素、太陽光、風力)の発電地として、地理的・環境的な面からみて適していることがわかり、それが双葉郡の新たな魅力になると考えた。再エネが行われていることを発信することで、原発の悪いイメージをなくすことができ、双葉郡のもともとの魅力に気づいてもらって、再エネを新たな魅力として知ってもらうことを、探究の目的としている。まず、多くの人に魅力を知ってもらうことを第一のゴールとしている。
「私のふるさと」への思いが伝わってくる。
中学校には、「スポーツ選抜」という枠がある(定員の20%程度で高校の「トップアスリート系列」につながる)。その生徒たちは地域とスポーツのかかわりについて探究し、スポーツの力で地域を活性化させる実践「地域スポーツ実践探究」や、競技につながるフィジカル、メンタル、リーダーシップなどを探究する「競技探究」に取り組む。
◉ 総合をもっと大事にして
「未来創造学」という教科名だが、基本は年間70時間の総合的な学習の時間だ。このことを少し考えてみたい。
高校の「未来創造探究」につながるよう、中学校開校前から「建学の精神」や「目指す学校像」に基づいて体系的な6年間の教育課程が考えられ、そのことは全教職員、生徒たちが理解して実行している。だから、着実に生徒たちの課題意識が高まり課題解決のスキルの精度が増していく。実施にあたって、そういう利点があるのは確かだ。でも、他校でも決して不可能なわけではない。
横浜市立戸部小学校では、「戸部のまちのひと・こと・もの」を軸にして、1年生の生活科から6年生まで、各学年、各学級がそれぞれのテーマに取り組む。活動は別々でも、軸がぶれないから子どもたちの学びは確実に積み上がる。地域との信頼関係も保たれる。
6月22、23日、新潟市で「日本生活科・総合的学習教育学会 第33回全国大会」が開催され、参加してきた。初日午後の課題別研究発表「チームでつくる生活科・総合」で、カリキュラム・リーダー(研究主任や管理職)の実践事例(小・中・高)が報告された。中学校では「どの学年・どの教科が抜けても成立しない」という総合のカリキュラムをつくることで学校全体の取組にしていった過程が紹介されたのだが、取組以前、総合はほとんど進路指導や生徒指導にあてられていた。程度の差こそあれ、中学校にはいまだに少なからずそんな使われ方が見られるのだそうだ。もったいない話だ。
興味・関心をもった「ひと・こと・もの」を探究的な課題に深めれば、生徒が本気で取り組む。探究的な学びのプロセスを習得すれば、課題発見や課題解決の力も育っていく。各教科とのつながりや、教科の見方・考え方を生徒が自覚できるかもしれない。総合的に「人を育てる」なら、文字どおり総合的な学習の時間は、いまだからこそ大事にしたい。
高校で探究が盛り上がっているといわれるが、名称が変わったせいではなく、近未来を見据えたとき、必要な学び方だとようやく認識されたからだと思いたい。
本当に「こういう人を育てるには、こういう学びが必要」だ。
◉ スペシャルな教育活動
②と③は、中学校段階でさえも、他校ではおいそれと真似できない活動も含まれる。それを承知で取組を挙げてみる。
「②世界に飛び出す学び」
◆グローバル・スタディ科による実践的英語力養成
通常の英語の授業(週4コマ)に加えて、ネイティブの英語教員と世界の課題について議論をしたりする独自の授業「グローバル・スタディ科」(週1コマ)を設け、実践的な英語力を身につける。CLIL(内容言語統合型学習)を活用した授業を取り入れ、目指す力を育てていく。
なぜ〝+1コマ〞が可能なのかはあとで。
◆海外研修での発信
実践的な英語力を身につけるために、国内のさまざまな機関・施設(東京グローバル・ゲートウェイなど)等における研修を実施。海外からの来訪者を積極的に受け入れ、グローバルな見方や考え方を育てる。また、中高を通じて複数回の海外研修の機会がある(中学校はNZ。高校はドイツで地球環境に優しいまちづくりの視察やNYの国連本部でのプレゼンテーション)。
「東京グローバル〜」なら、修学旅行に組み込めば実現は可能だろう。
「③深い学び・高い学力」
先にお伝えするが、中学校3年間の総授業時数は3360時間で、標準時数より315時間(1学年105時間で週3コマ)多い。英語の「+1コマ」はここからきている。
「この地域には学習塾もなく、学校の教育活動ですべてを補完しようというコンセプトからそうなっています」
ただ、現在、カリキュラムの点検が行われており、次年度以降、変更の可能性はある。
◆習熟度別学習
国語、数学、英語では習熟度に応じた少人数指導を行う。高校の教員も加えたTTも行われる。
◆国語・数学での高い学力の育成
国語科ではPISA型の読解力を身につける。数学科では、発展的な学習を行うグループでは高校の学習内容も一部、先取りして学ぶ。英語は前述。国語と数学にも+1コマ。
中高一貫のメリットは教科学習にも生かされている。
◆各教科でのアクティブ・ラーニング(AL)の展開
「開校当初からALの手法を取り入れてきました。教員は伴走者タイプで、教え込むよりも、生徒と一緒に考える。もちろん、教え込みはあるのですが、特に探究などは生徒に考えさせ、ある程度、任せることで、生徒の志が育つのだろうと思います」
ALはもはや学校教育には不可欠だ。
中学校を紹介してきたが、言うまでもなく、〝いったん完結〞ではなく、この学びや未来創造学に見られた育ちを高校の3年間につなげていくことが前提。高校は、ちょっと複雑なのだが、できるだけ簡潔に構成と学びを紹介する。
【第3回へ続く】
次回の予定
1月6日(月)
福島県立ふたば未来学園を訪ねて思うこと