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教育ジャーナル Vol.25-5
■「変革者」たれ
確かに「子どもたちのために」が第一。
でも、子どもたちを育てる前に、授業やさまざまな教育活動を確実に実践できる教師を育てなければ。
全3回(第1回)
■ Z世代(初任校)を育てる
「今どきの若い者はたいしたものです」
―― そんな目で若い教師を育てたい
Walk don’t run! ~急がば回れ
【全3回】(第1回)
教育ジャーナリスト 渡辺 研
確かに「子どもたちのために」が第一。
でも、子どもたちを育てる前に、授業やさまざまな教育活動を確実に実践できる教師を育てなければ。
「『令和の日本型学校教育』を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について(審議のまとめ)」(令和6年5月13日 中央教育審議会 質の高い教師の確保特別部会)の評判がすこぶる悪い。
教師の献身的な努力や使命感に頼って成り立つ日本型学校教育。家庭・地域における環境の変化にまでを学校が対応し、その結果、こんな状況に陥った。そのことは理解されているようだが、「教師でなくてもできる業務」を学校からスパッと切り離すとか、一人当たりの持ちコマ数を大胆に減らすとか、暗雲の隙間から陽の光が差すような具体案はない。すでに現場で実行されている取組も含まれており、クローズアップされた教職調整額4%→10%も、時間に換算すると時間外月8時間分が20時間分になったに過ぎない。
これで〝質の高い教師を確保〟し、〝日本の学校教育がさらなる高みを目指す〟とは思えない。「審議のまとめ」であるのがまだ救いだ。最終的にどんな「答申」が出されるのか。
「答申」を当てにするのではなく、〝質の高い教師の確保〟のために学校ができることは、せっかく教職に就いてくれた若い教師たちを大切に育てることだ。
「Z世代」と呼ばれる教師たち(キャリア5、6年以内)。この世代がたくさん在籍する学校では彼らをどう育てているのだろうか。
◉ 十分遊んだから「勉強しようよ」
「うん?」と思われそうだが、「若手の育成」にこんなアプローチをしてみる。
今年度も4月に、横浜市立本郷台小学校(原南実子校長)と横浜市立鶴見小学校(田中昌彦校長)で、1年生のスタート・カリキュラム(以下、スタカリ)の授業が公開された(横浜市こども青少年局「接続期研修」の一環)。長い目で年長~小1を捉える「架け橋期」といわれても、やはり入学間もない子どもたちの様子は気にかかるし、担任や学校全体によるどんな授業・かかわり方がされているのかを、実際に見て学べる機会が継続して設けられていることは、本当に貴重だ。
一方、いまだにスタカリを軽視している学校も少なくないようで、いろいろな意味で残念だ。では、どんな意味で残念なのか。
鶴見小では全クラスの3、4時間目が公開された。3時間目の「ぐんぐんタイム」は〝ふつう〟に国語の授業が行われていた(「つ」で始まる言葉、「く」で始まる言葉……を子どもが挙げていく)。子どもたちはちゃんと席に着き、挙手して答える。
午後の研究協議会で同じグループになった若い保育士もこの授業を参観しており、そこでこんなことをおっしゃった。
「年長児の担任なので、『小学校入学までにしっかり話を聞けるようにさせなければ』『この子、小学校で大丈夫かな』と、いろいろなプレッシャーみたいなものを感じていました。でも、スタカリを初めて見て、お話を聞いて、ホッとしたというか、安心できました」
1、2時間目の「なかよしタイム」の参観はしていないのだが、授業者からはこんな説明があった。
「1時間目は歌をうたったりダンスをしたりしました。2時間目は『かもつ列車(じゃんけん列車)』でちょっと遊んでから読み聞かせ。3時間目の『ひらがな』は今日から始めました。子どもたちがすごく『勉強したい』と言って、今日は3文字でしたが、『もう終わり?』『もっとやりたい』『明日もやろう』と言っていました。朝からしっかり遊んだこととつながっているのかもしれません」
同席する他学年の教師も「子どもたちはエネルギーがありあまっているので、それをうまく発散させてあげると、自然に『次は勉強したい』という気持ちになってくる。そういう効果もあると思います。担任が『じゃあ、勉強しよう』と言わずに、『勉強したい』と言ってくるまで待つ。子どもには本来、学びたいという意欲があるのだなと、よくわかります」とフォローする。もう10年も続けてきたから、鶴見小では全教職員にスタカリの意義が浸透し、誰もがスタカリを語れる。
保育園でも「大きな行事や活動の前に子どもたちを十分に遊ばせて発散させてあげると、活動もピシッとやる」のだそうだ。
〝子どもの育ちをスムーズにつなげる〟とは、言ってみればこんなに簡単なことだ。公開の日は4月23日。1、2時間目だけでなく、入学式から2週間待ったら、その間に子どもたちは「勉強したい」という気持ちを高めていった。その日の子どもたちの「学びに向かう力」は想像がつくことだろう。
ここまでが、「子どもたちのためのスタカリ」。これからが「若い教師のためのスタカリ」の話。もうヒントも登場している。
◉ 初任の教師が1年生の担任
スタカリを実践する1年生の学級担任の構成には、鶴見小、本郷台小ともに、ある共通した傾向がある。それは〝初任(講師経験がある教師を含む)〟の若い教師が必ず1名は担任にあてられていることだ。
今年度の鶴見小(5学級)の1年生担任の構成(キャリア)は、①4年目(初の1年生)、②2年目(初任の昨年度も1年生担任)、③5年目(久しぶりの1年生)、④初任(他校で講師経験あり。スタカリは初)、⑤学年主任(中堅。久しぶりの低学年)。誰か1名、前年度に続いて1年生に残るのも特色だ。
大規模校というスケールメリットが生かされて、多くの教師が鶴見小在籍中にスタカリを経験できるのだろうと察しがつく。全職員の理解が進むのも当然だろう。
一方、1年生2学級の本郷台小でも、ここ3年間、初任の教師が1年生の学級担任を務めている。本欄Vol.21-1「幼保小の架け橋プログラム」で紹介した永野理沙子教諭の実践も、初任だった22年度のもの。
はじめは、スタカリを推進するにあたり、「学校はこうあるべき」という固定観念に染まってしまう前の初任の教師を、1年生の学級担任にあてるのかなと思ってきた。
登校したらまず遊ぶ(始業前の時間)。1時間目は園と同じように歌ったりダンスをしたり。それから思い思いに好き勝手な場所に散っていく〝学校たんけん〟。少し時間はかかっても、子どもができるまで待つ。
およそ従来の学校のイメージから大きくかけ離れたスタカリを、特にベテラン教師たちは、そう簡単には受け入れられない。待つことができず、つい指示や指導をしてしまう。それならいっそ、若い教師を抜擢しよう。鶴見小にスタカリを導入した前校長には、そうした意図もあったようだ。
でも、今思えば、若い教師を育てようという思いも込められていたのかもしれない。
ついこの前まで〝幼児〟だった子どもが、入学式をはさんで急に小学生になるわけはない。だから緩やかな接続を図るスタカリが必要。同様に、ついこの前まで学生だった若者が、4月1日から一人前の〝先生〟になれるわけでもない。現場に配属される前に必要な研修を積む習慣がない学校で、スタカリを通して一緒に若い先生に育ってもらおう、そんなふうに考えたのかもしれない。
◉ 肯定的な子ども観をもてる
鶴見小と本郷台小を例に進めていく。スタカリの期間を一応4月中とする。毎回の確認だが、時間割は「なかよしタイム」「わくわくタイム」「ぐんぐんタイム」を基本形として進められていく。この間、各時間が学級担任だけに任されるわけではない。担任に加え、児童支援専任(横浜市の独自制度)、級外の専科の教師など可能なかぎり多数の教職員がなんらかの形でかかわり、子どもたちに「学校ではこんなにたくさんの大人(ときには6年生も)が自分たちを見守ってくれているのだ」という安心感を実感させる。
これが同時に若い教師を育てるのだと、原校長はおっしゃる。
「ほかの先生方の、子どもたちとのかかわり方や声かけ。自分が子どもとかかわっている間に、ほかの先生が書いておいてくれた板書。細かいことですが、そんなことも学べます。それから、ゆとりをもって日課を進めていくので、子どもが自分でできるまで待てるようになります。そして何より、子どもたちをしっかりと見ることで、肯定的な子ども観をもてるようになります」
前出の「子どもには本来、学びたいという意欲があるのだと、よくわかります」という目で子どもを見ることができれば、その後も自分の〝指針〟になるだろう。前号第2特集で紹介した安江柚乃教諭の実践にもスタカリの効果が表れていた。初任で1年生担任だった本郷台小のある教師は「私もスタカリで育ちました」と言っていたそうだ。
そして、子どもが帰った午後には、毎日、必ず学級担任、児童支援専任に校長も加わってミーティングを行う。そこでは教師同士で「こうやったけど、もっとこうすればよかったでしょうか」「どうかかわればいいかわかりませんでした」という率直な声も出る。その場で得る的確で具体的なアドバイスは、若い教師にとって間違いなく成長の糧になる。
田中校長はこうおっしゃる。
「M先生(前出②の教諭で、研究協議会中の〝授業者〟)は、最初はどうしていいかわからなかった。でも、スタカリやミーティングを通して学び、不安も徐々に消えていきました。わからないこと、迷ったことを誰かに聞けることは大事だし、そこから育っていけます。今年のM先生は昨年とは全然、違います。子どもへの接し方や、いろいろな場面で学んできたことを生かしているのはわかります。キャリアは上だけど1年生は初めてのS先生(同①の教諭)は、M先生をまねているところもあります」
こんな体制や雰囲気の中では、初任や若い教師が不明な点、不安なことを一人で抱え込んだり、あるいはわからないまま我流で進めてしまったりすることもない。
「スタカリのスペシャリストを育てるのではなく、誰でもできないといけない」と田中校長はおっしゃる。鶴見小の年度最初の校内研修のテーマはスタカリなのだそうだ。
【第2回へ続く】
次回の予定
2月17日(月)
Z世代を育てる②