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教育ジャーナル Vol.26-1
■「未来を創る力」を育てる①
物事は「変えられる」ことを生徒に学んでほしかった
新潟市立内野中学校・制服リニューアルを通して
全2回(第1回)
■「未来を創る力」を育てる①
物事は「変えられる」ことを生徒に学んでほしかった
新潟市立内野中学校・制服リニューアルを通して
【全2回】(第1回)
教育ジャーナリスト 渡辺 研
「千代田区立麹町中学校の改革」に刺激を受けたのか、数年来、中学校でこれまでの慣習を覆す取組が活発になってきた。
グループ学級担任制、部活動改革、校則や制服の見直し……。
そこに「生徒指導提要」(2020 年12 月)の「校則を制定してから一定の期間が経過し、その意義を適切に説明できない校則については、本当に必要なものか、絶えず見直しを行うことが求められる」(*)という後押し。
このような時代背景の中、新潟市立内野中学校では、生徒の声を反映しながら校則を見直し、制服の変更に取り組んだ。
生徒が参加して新しい制服を決める過程を通して、生徒たちが何を自覚したのか。生徒諸君の声を聞く。
*要約
◉ 〝ごきげん〞な学校生活であるには
内野中学校(佐藤靖子校長)は生徒数約800名、特別支援学級7を含む全29学級の大規模校だ。1年生ではグループ学級担任制をとっている。
タイトル部の写真は今年度の内野中のパンフレット。見ていただきたいのは生徒や教職員の服装だ。教職員や部活動のユニフォームはともかく、生徒たちをよくよく見ると学生服ありブレザー+スカートありブレザー+スラックスあり、リボン(2タイプ)あり、ネクタイあり。新制服への切り替わり期間ということもあるのだが、多様な服装を校内で見ることができる。その根底には学校のこんな教育ビジョンがある。
■新潟市立内野中学校教育ビジョン
【真の目的】学校は幸せ・ごきげん(Well ‒being)になる方法を学ぶ所(*)
*「ウェルビーイング」「ごきげん」で検索すると、両者の関連が説明されているものが見つかる
【ミッション】新たな世界と未来を創造できる社会人になることを目指します
【令和6年度重点目標】①目的意識②対話③自分事④最適解・納得解
規則でぎゅうぎゅうに縛られたり、こうだと決めつけられたりする服装では幸せ感はなく、ごきげんでもない。ちょっとした工夫で互いがごきげんになれる。ウェルビーイングを目指し、生徒たちが目的意識をもって自分事として取り組み、多様な考えを集約し、他者と対話しながら最適解・納得解を見つけていく、そんな機会として設けられたのが、制服変更の〝活動〞だった。
◉ まず「生活のきまり」の見直し
生徒諸君に登場してもらう前に、佐藤校長に事の経緯やそこに込めた教育的な願いを伺った。現実的な課題解決を通して生徒たちの何を育てたかったのか。
2021年度の生徒総会で、前任の校長が「生活のきまり」(校則)の見直しを提案したのが始まりだ。22年度に佐藤校長が着任し、生活委員会、生徒会が中心になって、具体的な見直し作業が始まった。
「見直しを推進してきた当時の3年生が卒業する前に変更したかったので、すぐに取りかかりました」
まず、現状の「生活のきまり」で修正したい部分について、生徒にアンケートを取った。〝ものすごくたくさん〞出てきたそうだ。それを模造紙に書き出して、生徒会本部の前に貼り出した。自分に密接にかかわることが、何がなぜ、どう修正されるのか。それがわかっていないと、どう変わっても「きまりだから黙って従う」ことに変わりはない。
あとで制服の話を聞く生徒諸君が、こんなことを言っていた。
「例えば、〝髪が肩にかかったら束ねなければいけない〞というきまりがあって、友達同士で『なんでなんだろうね』という話は出ていました。体育のときに髪が長くてジャマだったら、きまりじゃなくても結びますよ」
規則どおりに生活するより、規則ではなくても状況に応じて判断し行動できる生徒に育つことが望ましい。
〝新旧対照表〞をちらっと見せていただいたが、「こんな細かい規則まであったのですか?」と思うものも多数あった。
「昭和時代から全然変えてなかったので、変えたり削除したりしました」
削除されたものの一つが〝チャイム着席〞。
「きまりではなくて、当たり前のことなんですよ」
生徒を縛るのではなく、自分で判断し、責任をもった行動を促すような「生活のきまり」に変えていった。
また、地球温暖化の暑い夏でも「だらしがないから半袖体育着の裾をショートパンツの中に入れなさい」という指示も、生徒、教員どちらもストレスだった。それなら、だらしなく見えないデザインにすればよいと、5年度からシャツの裾に細く緩いゴムを入れたデザインに変更した。現状に不都合が生じているなら変えればいいと考え、実行した。
そして、これらの過程で出てきたのが「学校が定めた標準服を着用する。男子は黒学生服上下。女子は紺上着リボン着用、紺スカートまたはスラックスも可能」と決められていた制服の変更だ。
性別表記は「生活のきまり」の修正の段階で削除されたが、そこからもう一歩、先に進めることになった。
◉ なぜ、そうなっているのか
生徒のアンケートでは「制服を変えてほしい」という声がとても多かったそうだ。
話を「性別表記の削除」の前に戻す。佐藤校長が気になったのは「スラックスも可能」の部分だった。
「書かれているのは女子は基本的にスカート。〝先生に申し出ればスラックスも許可する〞という意味なのか? そこに、違和感を覚えました。だから、職員会議で『スラックスをはきたいからはいてこられる生徒はいいけれど、中にはみんなと違う服装にすることに対して勇気を出せなかったり、我慢したりする生徒がいるのではないでしょうか?』と話しました。どちらもOKなら、生徒が自由に選べばいい。そこに今までどおりの風習と大人の価値観で、これを着用することが望ましいということをしない世界にしたかったのです」
それこそ昭和の時代に書かれ、誰もが疑問に思わず、たとえ思っていても声に出すことなく続いてきた60字程度の記述だが、改めて見直すと、こんな問題を含んでいた。そして、生徒も実は疑問をもっていた。
「なぜ、男子は黒、女子は紺なの?」「男子は学生服、女子はブレザー。なぜ、男女で別々のタイプなんだろう」
決めた当時はなんらかの根拠があったにしても、今となっては、その理由を合理的に説明できる教職員はたぶんいない。
生徒からは、制服の変更にダイレクトにつながっていくようなエピソードも聞けた。
「入学前に制服を買いに行ったとき、お店の人から自動的にブレザーとスカートのセットが用意されました。入学したあとでスラックスもあることを知って、あ、スラックスがよかったなあと思いました」
「スラックスがあることは知っていましたが、店内の隅っこのほうに掛かっていて、言わないと出してもらえませんでした」
「LGBTQといわれるようになっても、やっぱり『女子だからスカートだろう』って」
こんなことから、性別表記と〝可能〞が削除された。そして、制服の変更に進む。
◉ まずLGBTQを学んでから
生徒のコメントに出てきたように、各地で見られる制服の変更には、「女子だからこう、男子だからこうと、決めつけたり縛ったりするのはやめよう」と、多分にLGBTQ(多様性)が意識されている。内野中でもそこからスタートした。
「いきなり『制服を変えます』では無理なので、まず職員向けの研修として、西原さつきさん(*)をお招きしてLGBTQをテーマに講演していただきました」
*西原さつき 俳優、歌手など。男性の女性化を支援する「乙女塾(トランスジェンダー支援スクール)」の創立者・代表講師。幼少期から自分の性別(男性)に違和感を覚え、中学校では男性化する自分の身体や自分を偽ることに生きづらさを感じるようになった。
西原さんからは、自分自身が感じた違和感、世の中にはLGBTQに該当する人が10%くらいの割合でいて、その中には、表に現れている人もいれば心に秘めている人もいる、だから、「男だろう」とか「女らしく」とか生徒に言ってはいけない……などの話を伺った。
およそ9割の人間には実感できなくても、せめて頭では理解しておきたい。まして教師は、何げないひと言が、1割の生徒に思いもしない影響を与えることがあるのだと、常にわかっていなければならない。
「もしも『女子トイレを使わせてほしい』と言ってきた男子にはどう対応するか」というテーマでファシリテーションも行った。
「西原さんから『カミングアウトした子をどうするかといった対応も、これからは求められますよ』という話もあって、先生方は『なるほど』と納得していました」
生徒のほうも、時間を設けてLGBTQの学習を行った。
生徒にとって、このことを一番相談できないのが保護者なのだそうだ。だからといって、友達同士、ましてやインターネット情報では正しい助言にはならない。その意味で、最も身近にいる大人としての教師の存在意義が大きいと聞いた。だから、ふだんから多様であることに理解を示し、生徒が「この人は信頼できる」と思う大人であってほしい。
「アンケートにも『男女どうのこうのはおかしいのではないか』という意見がたくさんあり、生徒のほうにも制服を変えてほしいという〝うねり〞のようなものがあったので、制服の変更は比較的スムーズに始まりました」
◉ 男女の着回しが可能
変更にあたっては、〝自由化(=制服をなくす)〞の議論もあった。
「最初は『制服をなくしませんか』というところから入ったのです。保護者の意見の中にも2割強の割合で『制服をなくしてほしい』『いつまで制服でしばるんだ』というものがあった。私もしばる気はないし、自分で選択したっていいではないかと思っていたのです」
しかし、決議機関のコミュニティスクール会議(以下CS)の中で「制服は自分を守ってくれる」という言葉が制服存続の決め手になった。委員の一人はそのことをこんなふうに説明したのだそうだ。
「毎朝、着ていく服を考えるのは大変だし、その服を着ていることで変にからかわれたり、ファッションセンスがどうのこうのと、毎日、気苦労が絶えなかったりするのではないか。制服なら、誰も何も言わない。それが制服の一番の価値なのではないですか」
この話から、制服は必要だという方向性が決まった。
「制服を着ることでみんなが所属感をもてるし、余計なことを考えずに安心して着て行けるので、精神的にも経済的にも負担がなくていいのかと、納得しました」
自由とはけっこうやっかいなものであり、制服は、生徒がごきげんに学校生活を送るための、むしろ最適解だった。
制服の変更は、まず、学生服など制服を手がける3社を選んでプレゼンを実施。その中から教職員、PTA、CS委員が価格や素材等の詳細を検討して1社を選定した。
この過程が興味深かったので少し紹介したい。制服にも、LGBTQだけでなく世界情勢や地球環境、SDGsなどの問題が含まれている。
まず、素材。提案された3種類の素材は、エコ素材(ペットボトルのリサイクル=再生ポリエステル)、伸縮性・速乾性のあるもの、カシミヤの混紡。特長や価格はそれぞれ異なる。見本品を着てみただけでなく、撥水性の性能、部活動のユニフォームや体育着と一緒に洗濯し、乾き具合やシワの様子を確認する実験も行った。保護者には重要なポイントだ。
また、生地素材によっては〝世界情勢〞との関係で入手に時間がかかり、その分、最終決定を早めなければ令和6年度に間に合わないということも知った。3社のプレゼンの中で、一番心をつかんだのは、〝ボタンの付け替え〞だったそうだ。
ボタンを付け替えることで〝右前(通常、男性服)〞でも〝左前(通常、女性服)〞でも着ることができる。これによって、制服が〝使い捨て〞ではなく男女間の〝おさがり〞も可能になる。そして、〝おさがり〞に伴うデザインの微妙な工夫もされていた。
「中学校の3年間、男女とも体型が変わります。特に女子は第二次成長による体型の変化を強調したくない、むしろ隠したいから〝ダボっとした服〞を着たい。そういうデザインだったので男女の着回しが可能になりました」
〝性別を削除したデザイン〞が大きな決め手になって、メーカーや基本的なコンセプトが決まった。このあとのいわゆる〝目に見えるデザイン〞の決定が生徒の出番になる。
【①第2回へ続く】
次回の予定
3月31日(月)
「未来を創る力」を育てる①第2回