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教育ジャーナル Vol.27-3
■2024年度の授業参観
中学校1年生英語科/小学校1年生体育科(スタカリ)/小学校6年生家庭科
教えるのではなく授業を通して子どもたちが
自律した学習者として育つことを手助けする
教師の意識は変わり、授業改善は進んできた
第3回は横浜市立鶴見小学校の体育科の授業風景をご紹介する。
【全4回】(第3回)
■2024年度の授業参観
中学校1年生英語科/小学校1年生体育科(スタカリ)/小学校6年生家庭科
教えるのではなく授業を通して子どもたちが
自律した学習者として育つことを手助けする
教師の意識は変わり、授業改善は進んできた
全4回【第3回】
教育ジャーナリスト 渡辺 研
教科の特色のせいなのだろうか。あるいは、単元内での位置づけのせいだったのだろうか。
参観した授業では、教師は前面に出ることなく、子どもたちができるはずのことを引き出し、
夢中になれる手立てを工夫し、個や協働の場面を用意した。
そこで子どもたちは、声を出し、体を動かしながら楽しそうに学んでいた、
第3回は横浜市立鶴見小学校の体育科の授業風景をご紹介する。
横浜市立横浜市立鶴見小学校1年4組体育科(移川祭里教諭)
「ほんのせかいをつくってみよう」
◉ 29ひきのねこ
お断りしておくことが2点。一つは、この授業は2025年4月23日に行われたこと。もう一つは、実際にはこの授業を参観していないこと。それでもどうしても紹介したく、今どきの日本語表現でいえば、あえて取りあげさせていただいた。
その日、鶴見小学校ではスタートカリキュラムの様子が公開された。1年生は5クラスあり、当該授業の時間は別の授業を参観していた。その後、体育館に移動したときに、授業で使用し、そのまま残されていた仕掛けを見て「わ、これはいい」と思った。
折り紙でつくった花々、マットの上にソフト平均台、肋木(ろくぼく)と跳び箱、段ボール箱……体育館の壁面に沿ってほぼ4分の3周、この順番で並べられている。壁には「29ひきのねこふくろのなか」と書かれた貼り紙。ほかにも「花をとってはいけません」などと、貼り紙がしてある。
お気づきの先生もおられるだろう。〝ネタもと〞は『11ぴきのねこ ふくろのなか』(馬場のぼる作)。1年生ならきっと誰でも知っている冒険物語の場面を体育館に再現して、〝リアル11ぴきのねこ〞を体験してみようというものだ。「29」は、言うまでもなくクラスのメンバー数。
どういうことからこの体育の授業が実現したのか、まずはそこから移川教諭にお話を伺っていく。
「『うどんのうーやん』(岡田よしたか作)の読み聞かせをしたときに、子どもから『うどんをつくりたい』という話が出て、『じゃあ、つくってみる?』といって粘土でうどんをつくったのが、そもそもの始まりです」
その活動は過去にも見たことがあるし、行っている学級も多いはずだ。よくある活動をきっかけに、あの授業は始まった。
「うどんをつくったら、子どもたちが『ほかの本はできないの?』と言い始めたので、『じゃあ何ができそうかな』と、そんな話し合いが始まりました」
「この本は?」といって、子どもたちはいろいろな候補を提案してきた。幼稚園・保育園でしっかり絵本は読んできているから、小学校の先生よりも情報をたくさんもっているかもしれない。その中の1冊が『11ぴきのねこ』だった。
「冒険のお話なので、体を動かすことが好きな子にとっては楽しいかと思って、このお話を体育につなげようと考えました」
入学して2週間足らずでも、子どもたちは「こんなことやりたい」と思いを伝えて話し合い、教師がそれを受け止めて学習に組み立てる。
自由度が高いスタカリならではだ。
◉ 子どもたちが夢中になると
授業では物語を4つの場面で再現することにした。お花畑。つり橋。木登り。大きな袋(トンネル)。具体的な仕掛けを教師が考案して設えたのではない。
「再現するにあたって、『学校には何があるんだろうね』といって、使えそうな物を探して子どもと一緒に学校たんけんをしました」
子どもたちからは「広い所でやりたい」という要望があったそうだ。
「じゃあ体育館か校庭ということで、校庭の体育倉庫にもたんけんに行きました。でも、使えそうな道具がなかったので、『校庭は無理だね』と納得して体育館になりました」
こんなふうに回り道をしたことで、子どもたちの気持ちは体育館に集中した。
一方で、体育館には使えそうな道具がいろいろあった。教室に戻り、見つけた道具を「つり橋に使おう」「木登りに使えそうじゃない?」と話し合い、〝11ぴきのねこ〞の世界を〝29ひきのねこ〞の世界に再現していった。
それぞれの場面を見ていく。
【お花畑】たくさんの花があり、それを輪投げで取る。
「お花は、『子どもたちがつくれるから、それでやろう』といって、休み時間なんかに自由に折っていたので、どんどん増えていきました」
特に指示したり時間を設けたりしなくても、子どもたちが夢中になるとこうなる。
【つり橋】ゆらゆら揺れるけれど、みんなで渡り切ろう。
15センチほどの高さのソフト平均台を数台つなげてつり橋に見立てた(写真)。
「ちょっと不安定なんです。絵本ではねこたちがバランスを取りながら渡るので、『ほんとにねこみたい』『ぴったりじゃん』ということで、使うことにしました」
平均台の下にマットが敷かれていた個所があり、より不安定になっている。そんな工夫もしてあった。
【木登り】肋木が木登りみたい。
肋木のそばに高さの違う跳び箱も置かれていた。
「木登りなので肋木だけのつもりでしたが、せっかく見つけた跳び箱も『合体しよう』ということになって、跳び箱を乗り越えて肋木を登るという感じになりました」
【ふくろのなか】「入るな」と書いてある段ボールをくぐると、怪物ウヒアハが……。
「段ボールの箱をくっつけました。底があると向こうに出られないねと言っていたら、子どもたちが『オリャア!』といいながら底を抜いて『行けるようになったよ』と」
幼児教育時代に思う存分、遊んできた子どもたち。自分たちがもっと楽しく遊べるように工夫することは大得意だ。
「私がやったのは安全面の配慮と段ボール箱を子どもたちの目につくところに置いておいたくらいで、本当に何も言わずに『じゃあやってみて』って子どもたちに任せました。そしたら次々に『これできたよ』『あれ使ったよ』って。保育園、幼稚園でしっかりと遊んできたからこそ、あの姿があるのかなと思います」
幼児教育を担う先生方にはうれしい言葉だ。
◉ これはちゃんと体育
幼児教育では、これはダイナミックな遊び。でも小学校では体育の学習。一応、学習指導要領と照合してみた(第2 各学年の目標及び内容 第1学年及び第2学年の該当個所)。
1 目標
(1)各種の運動遊びの楽しさに触れ、その行い方を知るとともに、基本的な動きを身に付けるようにする。
(2)各種の運動遊びの行い方を工夫するとともに、考えたことを他者に伝える力を養う。
(3)各種の運動遊びに進んで取り組み、きまりを守り誰とでも仲よく運動をしたり、健康・安全に留意したりし、意欲的に運動をする態度を養う。
2 内容 A 体つくりの運動遊び
(1)次の運動遊びの楽しさに触れ、その行い方を知るとともに、体を動かす心地よさを味わったり、基本的な動きを身に付けたりすること。
イ 多様な動きをつくる運動遊びでは、体のバランスをとる動き、体を移動する動き、用具を操作する動き、力試しの動きをすること。
B 器械・器具を使っての運動遊び
(1)ア 固定施設を使った運動遊びでは、登り下りや懸垂移行、渡り歩きや跳び下りをすること。〉
まさか入学2、3週間目の1年生にこれ全部を求めているわけではないのだが、「29ひきのねこ」というダイナミックな〝運動遊び〞には、随所にこんな動きが含まれていることは想像できる。また、移川教諭のお話を伺うと、実現までのプロセスには、ちゃんと「主体的・対話的で深い学び」も成立していたこともわかる。
教師が子どもたち並みの想像力をもって、子どもたちの学びに向かう力を信頼してあげれば、入学間もない1年生からこんな力を引き出すことができる。
◉ 子どもたちの意欲があがった
計画と準備は万全。では、実際の授業はどんな様子だったのだろう。ちなみに、お花畑やつり橋づくりは、子どもたちがちゃんと道具の移動・設置をしたそうだ。
「自分たちでつくったコースなので、みんな楽しそうでした。途中で『オレがここを考えたんだよ』とか『私がここをこうやった』とか言いながら歩いていました」
事前に、例えば、ソフト平均台そのものをうまく歩く練習などはしなかった。
「もともと、『ねこは誰もつり橋から落ちなかったよね。だから、全員ができるレベルのことをやろうね』ということで取り組みました。それでもやっぱり落ちる子はいるんですけど、誰かが引っ張り上げて『大丈夫!(落ちたのを誰も)見てない!』と言いながら、助け合って完走していました」
この時間、こうやって何周もした。
体育だからといって、バランスを取りながらソフト平均台を渡りましょうとか、行けるところまででいいから肋木を登ってみようといった授業だったら、「できない」「やりたくない」という子どもがいたかもしれない。
「肋木は跳び箱を置くことで難易度を下げたんですけど、それでも苦手な子もいたり、嫌だなって思う子もいたりすると思うんです。でも本当に、やりたくないと言った子は一人もいませんでした」
せっかく発想力と実行力を発揮して実現した「29ひきのねこ」。1時間で終わらせるのはもったいなくもあり、子どもたちが「もう1回やりたい」と言って、1時間追加した。
幼稚園、保育園でできていたことを生かしながらつくった体育の授業だった。
「自分たちで考え、発言したことをみんなでやれたことで、子どもたちの意欲が上がったと思います。今でも、本を持って『これはできない?』と言ってくる子がいます。そんなときは、係の子を通して、学活の時間に提案してもらって、やれるかどうかの話し合いをします。ちゃんと話し合いもできますし、レベルが上がった活動ならやってもいいなと思っています」
ただ楽しいだけでなく、スタカリとしても、また「(幼保小の)架け橋」としても、大事な視点をいろいろと含んだ体育の授業だった。子どもたちができることを尊重してあげれば、どの学級でも可能な授業だと思う。
【第4回へ続く】
次回の予定
7月7日(月)
2024年度の授業参観④