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教育ジャーナル Vol.30-1
■奈良県天理市の新たな取組
子どもにかかわる問題を、学校と行政の連携で解決する
天理市子育て応援・相談センター「ほっとステーション」の成果
【全5回】(第1回)
■奈良県天理市の新たな取組
天理市子育て応援・相談センター「ほっとステーション」の成果
子どもにかかわる問題を、学校と行政の連携で解決する
全5回【第1回】
教育ジャーナリスト 渡辺 研
保護者対応を教師ではなく、学校の外に設けた専門の部署が行う……。
奈良県天理市がこんな前例のない取組を行っている。
しかもそれが、教師・保護者の間で認知され、初年度から成果を上げている。
どのような仕組みなのか、どのような課題に有効だったのか。
文字どおり先頭に立ってこの取組を進めてこられた並河健市長と伊勢和彦教育長にお話を伺った。
天理市が2024年4月に開設した天理市子育て応援・相談センター「ほっとステーション」。全国紙や一般誌に取りあげられ、全国の自治体からの視察も多いため、すでにご存じの方も多いと思う。
どのような経緯で「ほっとステーション」が開設されたのか。
天理市には今後の学校の在り方についての大きな構想があった。ところが、その前提となる学校・地域連携がなかなか進まない。なぜか。教師たちは“今、目の前にあることへの対応”に精一杯で疲弊しきっていた。その大きな要因の一つに「保護者対応」があった。負担軽減の手立てとして「ほっとステーション」が開設されたのだが、待ち望まれていたかのように教育現場に浸透している。
「保護者対応による教員の疲弊」は、全国の公立学校に共通する課題だ。本誌Vol.28では丸山洋司さん(公立学校共済組合理事長)もそれを心配されておられた。
「ほっとステーション」はあきらかにこの課題の解決(改善)策の有効な手立てだ。
天理市が挑んだ「前例のない取組は学校が抱える課題にどう有効に対応できたのか」という視点をもって、取組の詳細を紹介していく。なお、本文中では「ほっとステーション」をHSと表記する。
◆ 学校や幼稚園等の現実 保護者対応に疲弊する教師たち
はじめに、本誌Vol.28で紹介したデータをもう一度挙げておく。
文部科学省の調査によれば、2023年度の教職員の精神疾患による病気休職者が7000人を超えた。1か月以上の病気休暇を合わせると約1万3000人。21年度以来、毎年、過去最多を更新している。また、20歳代教諭の高ストレス要因は、「保護者対応」が16年度7位→22年度3位になった(公立学校共済組合による調査)。
小学校9校、中学校4校の天理市も例外ではなかった。23年度の退職者が6名、休職者が8名。幼稚園・認定こども園・保育所の保育者にも退職、休職者はいる。
同年度に学校教職員・園所職員を対象に実施した業務負担に関するアンケート調査では、「約7割が保護者から理不尽なクレームを受けたことがあり、保護者対応に精神的負担を感じている職員が7割を超え、約6割が業務に支障があった」と答え、「約25%は理不尽なクレームの心労で1日以上休んだ経験がある」という実態が明らかになった。
共働き、一人親家庭の増加により、夜間の家庭訪問や面談要望が増加。学校がそれに応じていたため、時間外勤務が月100時間を超える教師もいた。
教師にとっては子どもの課題を解決するための保護者対応であり、子どものためなら献身的な努力を惜しまない「日本型学校教育」の大きな要素だ。この使命感が日本の教師たちを支えてきたのかもしれない。でもそれが今、教師自身の心身を傷つけている。
当然、外的な要因もある。「モンスターペアレント」と呼ばれる極めて自己主張が強い保護者が出現してきた。一方で、業務改善は進まず教師から余裕を奪い続けている。
そのような状況で踏ん張っている教師を悪く言うつもりはまったくない。でも、教師を傷つける要因は長年の“学校文化”にもあったのではないか。
◆ 学校文化 まず学校が対応するべき
「まずは教育現場の意識を変えてほしいので、「学校側の課題」から紹介する。
HSの取組は文部科学省の「令和6年度行政による学校問題解決のための支援体制の構築に向けたモデル事業」の委託を受けており、その業務成果報告書(以下、報告書)にこんな記述がある。
〈「学校が対応するべき」という前提と単線的な対応
〇保護者からの相談・苦情対応は、先ず学校であった。校内でも、担任→学年主任・生徒指導→教頭・校長の対応順で、納得が得られない場合、深刻化に応じて段階的に対応していた。
〇学校で抱えきれなくなった場合や、保護者が「埒があかない」と感じて直接相談に及んだ場合は、教育委員会も対応していた。ただし、「学校が対応するべき」が前提のため、指導主事等が学校を訪問して、共に「ケース会議」を行っていた。
〇相談は単線的な構造で、保護者の「理解」「納得」をどう得られるかを議論していた。保護者に約束した対策の実施も、基本的に学校が行い、教育委員会は補助的な役割であった。
「まず学校」「学校対応が前提」の弊害は次のような形で表れている。全国の多くの学校で教師たちが経験してきたはずだ。
〈本事業実施以前の学校問題解決に関する課題について~持続可能ではない教育現場
〇(前略)面談は、保護者の感情が高ぶった状態で時間と場所を保護者側が指定し、相手の要望ベースでの会話となった。そこでは保護者の要望に対し、どれだけ「対応できる/できない」に終始しがちであった。家庭訪問中、夜間に謝罪する教員を見て、「自分の親が要望すれば学校は言うことを聞く」と誤った認識を持つ児童もあった。しかし、保護者を満足させられず「安心できない」「学校に行かせられない」と主張されれば、理不尽と感じても教員は我慢していた。〉
保護者にそこまでの権利はあるのか。学校はそれを受け入れなければならないのか。
それで教師は成長するのか
こんな現実を改善するためにHSが開設されたのだが、開設後もこんなことがあった。
〈本事業の成果を踏まえた学校問題解決のための体制整備の課題〜「上」からではなく、教育現場から高まる意識の醸成
〇( 前略) 学校は、児童生徒はもちろん、保護者と良好な関係をつくることを大切にしてきている。一部の教員や市民、あるいは外部専門家から、「困難な保護者対応を乗り越えることで本当の信頼関係を築くことができ、教員として成長するのではないか」という意見をいただくこともある。
(中略)教委や行政など「上」から「指示」されることや「介入」されることに、教員はどうしても抵抗感を覚えてしまう傾向が濃淡はあれ存在することを、事業を推進するうえでしっかりと認識しなければならない。〉
「どれだけ保護者からきつく言われても、それに食らいついて、そこで誠意を認められて育っていくのが教員だと信じている人たちもいます。その忍耐力は認めますが、それで本当に『こどもまんなか』の解決になっているのでしょうか。自分の生活を投げうって、ひたすら残業して夜間訪問をする人を“熱心な先生”だと評価する風潮を変えていかないといけない。そして、子どもの中で起きていることは何か、保護者の不安はなんなのかを解きほぐしていくために、いろんな専門家をチームとして投入するのです」(並河市長)
今、学校で起きている問題は、どう頑張っても教師の熱意だけでは解決できないほど複雑になっている。にもかかわらず、対応の方法は昔のまま。引用しながら「排他的な学校文化」なのではなく、教師の実感は「孤立無援」だったのではないかと思えてきた。
HSはこうした窮状から教師を救った。でも、それだけではない。
「『ほっとステーション』という名称は、親御さんがホッとして、教職員がホッとしたら、子どもたちがホッとするというところからつけたものです」と伊勢教育長はおっしゃる。保護者と教師とが笑顔でいれば、子どもは自然に笑顔になる。それが本来の信頼関係。子どもを真ん中に置くHSの仕組みとその運用を、報告書に基づきながら紹介する。
(第2回に続く)
次回の予定
11月25日(火)
天理市子育て応援・相談センター「ほっとステーション」の成果②