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教育ジャーナル Vol.30-2
■奈良県天理市の新たな取組
子どもにかかわる問題を、学校と行政の連携で解決する
天理市子育て応援・相談センター「ほっとステーション」の成果
【全5回】(第2回)
■奈良県天理市の新たな取組
天理市子育て応援・相談センター「ほっとステーション」の成果②
子どもにかかわる問題を、学校と行政の連携で解決する
第2回は、ほっとステーションの具体的な仕組みや運用を中心に紹介する。
全5回【第2回】
教育ジャーナリスト 渡辺 研
◆ほっとステーションの仕組
複眼によるチームでの対応
ほっとステーション(以下、HS)は教育総合センター(元々は不登校や特別支援教育の相談や支援が行われていた)に設けられた。 役割はこうだ(報告書より)。
〈〇教職員、学校だけが保護者対応の負担を「抱え込む」のではなく、HSをハブに市全体がチームで取組むことで、教育現場の負担を軽減する。
〇保護者の要望に振り回され、その場の「満足」を得るための対応からの転換を図る。そのため、心理士・作業療法士・弁護士などの専門家の視点を交える。そして、中長期的に、そのこどもに必要な力を見立てることで、児童生徒と保護者の安心を得るための主体的な指導を実現していく。→実施前の「経験則」ベース「単線的」対応から、複眼によるチームでの対応に転換する。〉
一時期「チーム学校」とさかんにいわれたが、結局、学校(=担当教員)がハブになることは現実的に困難だった。
〈〇教職員の体力・精神・時間に余裕を生み、こども達に向き合うことに専念できる「働き方改革」を推進する。そして、教職員が本来取り組むべき、授業の改善、児童生徒ひとりひとりに応じた指導に集中できる「余白」を生む。やり甲斐を創出することこそ、人手不足への最も効果的な対策と捉える。
〇児童生徒が毎日楽しく通うことができれば、結果的に保護者の不満も解消していく。〉
保護者からの苦情受け付け窓口ではなく、教師の負担を軽くするだけでもなく、子どもたちが伸び伸びと育つために市全体が取り組む――HSはそういう仕組みだし、「こどもまんなか」はきっとそういう意味だ。そして、負担が軽くなった教師には、本来の仕事である授業力向上や子どもの見取りを確かにすることを通して専門職として成長してもらう。
この役割がどう果たされ、どんな成果が表れたのか、数値や実感はあとで紹介する。
◆ 当事者同士を二人きりにしない
HSのスタッフは、元校長や元園・所長による相談員(スーパーバイザーと呼ぶ。以下、SVと表記)が13名。毎日5名ほどがHSに待機している。さらに、コーディネーター(教職員経験や心理学の知識を有する人)が2名。加えて公認心理師・臨床心理士・臨床発達心理士が計5名。ほかに弁護士や医師、保健師・看護師、警察関係者等からなる専門家会議が置かれており、ケースに応じて助言などを行う(チームによる複眼的な対応)。
相談は電話・メールで受け付ける。電話受け付け、来所での相談、面談(HS、学校)はいずれも9時~17時。保護者の事情も勘案し、事前の予約により17時~18 時、18時~19時の面談枠も設けた。この枠内に収めるだけでも画期的だ。「保護者対応は原則としてHS」という方針は、実施前に市長・教育長名で全保護者に通知された。
相談はまずSVが受け付け、心理士、コーディネーターと協議して面談の段取りなどを調整する。事前に、児童生徒のこれまでの成育・家庭状況などを関係者から聴取の上、面談では相談者の悩みや不満に対し、共感的に傾聴する。
保護者から聞き取った内容は学校と共有する。SVが学校を訪問して児童生徒の状況を心理士とともに見立て、教職員と協議して課題解決を図る。必要なら弁護士とも協議する。場合によっては、子どもが話しやすい教職員(現在の担任以外に過去の担任や部活の顧問なども含む)が話をするなど柔軟に対応する。保護者が教師の面前で声を荒らげるよりも、どれだけ子どもが救われることか。
ただ、保護者が直接学校に訴えてくることもある。このときの対応の方法が、教師にとって大きな救いになったはずだ。
従来であれば、保護者の都合を優先して面談の時間や場所を決めていた。でも、ここでワンテンポおいて、教師はSVに話をした上で時間と場所を設定し、改めて保護者に伝える。保護者の都合だけに合わせた時間と場所の設定は、最初から保護者が主導権を握ることになる。
「それが当たり前になっていました。教員のほうにも『保護者との信頼関係が子どもを育てる上で大事だ。そこに誠意を尽くすのは当然だ』という思いがあります。でも、それが本当に信頼関係の構築につながっているのか、本当に子どものためになっているのか、あるいは、そういうやり方をしていて、若い人たちが教職を目指せるのか。我々は『勤務時間内に安心して働けるようにならないと、選ばれる職場にはならないよ』と言っているのです」(並河市長)
そして、面談の場にも必ずSVや心理士が同席して一緒に話を聞く。例えば、学級担任と保護者という“当事者同士”を二人きりにして、ときには感情が高ぶった状態で話しをしても、望ましい結論が得られるわけがない。なおも保護者がヒートアップしてきたら、以降の対応はHSが引き受け、教師は子どもと向き合うことに集中する。
対応についてこう書かれている。
〈〇HSの目的は、教職員と保護者を「切り離す」ことではない。掛け違いが拡がる状態で、教職員が保護者から「糾弾」を受けながら要望への対応を迫られる状況を避け、教職員がこども達の課題に向き合うことに集中できることが主眼である。傾聴と対話を通じて、保護者とのやりとりがかみ合う状態を見定め、適切なタイミングで教職員と「橋渡し」を行う。〉
◆ 評価を下げることは一切ない
「保護者対応」といっても、学級懇談会や三者面談などで相談を受け、答えを出せる程度の問題もたくさんある。どのような案件がHSと協働した対応ケースになるかを示した「ガイドライン」を、市長・教育長名で、すべての教職員に対して通知した。
〈〇いじめ・障がい・特性が関わる案件は、中長期的な対応が必要なため、全てHSが関与する。
〇保護者から威圧的・攻撃的な言動、過度の要求があった場合には、直ちにHS対応として、教職員から一旦切り離す(必要に応じて弁護士対応とする)。
〇学校と保護者間の日常的なやりとりは、教職員がこれまで通り行う。しかし、認識や主張がかみ合わず、授業準備などの日常業務に差し支えが出るような事態には、学校管理職に相談し、HS対応に切替える。また、教職員が児童生徒との関わりに悩みがある場合には、心理士を含め、HSのサポートを積極的に受けるようにする(これにより、教職員の評価を下げることは一切ない旨を合わせて通知した)。〉
三つ目の後半は、教師へのメッセージとしてあえて書き加えられたようだ。学級には本当にさまざまな子どもが在籍する。学級経営がうまくいかなくても、必ずしも指導力不足のせいではない。でも、管理職や学年主任に「助けてください」と訴えれば、指導力不足だととがめられるのではないかと心配し、自分で抱え込んでしまう。
「教職員の評価を下げることは一切ない」の一文について並河市長は「HSに話がいくということは、教育委員会どころかぼくや教育長にも話が届きますから、自分の評価が下がるというふうに思いがちです。でも、それは違います。『先生や学校だけで抱えるな』と言っているのですから、自分たちで抱え込んで、どうにもならなくなってから案件をもってくることのほうが評価は下がるのです」とおっしゃる。
「適切なタイミングでサポートを受けるのは、課題が多い現代社会で生きていくために必要なスキルです。それを先生方自身にもっと学んでもらう」
その効果は報告書の複数の項目に記述されている。
〇6月以降は電話相談や来所相談対応だけではなく、教職員からの要望・SOSに応じて、問題や課題の直接解決のために各校園所への派遣件数が増加している。
〇保護者からの相談ケースは、4月から6月までの件数と比較して、7月以降は20〜30件程度に落ち着いてきている。その一方、特に6月以降は現場での対応が増加。現場での予防的な取組が、保護者からの相談・苦情件数の減少につながっている。
〇保護者の相談だけでなく、心が折れそうな職員の早期発見・支援により、教員の心が軽くなった(教員の感想)。
〇HSの実施後に退職者および休職者が激減している。(中略)問題を「学校任せ」で教職員が抱え込むのではなく、チームで対応することや、特にSOSを受けて現場対応が増加していることによる効果が出た。
「先回りですね。『クラスが荒れている』などSOSがあったら、チームが入って一緒に見立てをする。場合によっては、HSのスタッフから保護者に『こんなことがあります』と伝えてしまう。そうするとだんだん相談件数が落ち着いてきました」(並河市長)
昨年度(25年2月末まで)、HSの相談件数(児童生徒)は217件、延べ対応件数427回。現場訪問件数242件。その内24年4月~6月は順に114件、254回、28件。それが25年2月には10件、12回、48件と、傾向が変わった。サポート体制が整い、教師は「助けて」と言えるようになった。
(第3回に続く)
次回の予定
12月8日(月)
天理市子育て応援・相談センター「ほっとステーション」の成果③