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教育ジャーナル Vol.30-5

■奈良県天理市の新たな取組
子どもにかかわる問題を、学校と行政の連携で解決する
天理市子育て応援・相談センター「ほっとステーション」の成果

【全5回】(第5回)

■奈良県天理市の新たな取組

天理市子育て応援・相談センター「ほっとステーション」の成果


子どもにかかわる問題を、学校と行政の連携で解決する
最終回は、取組によって得られた指針を紹介し、まとめとする。


全5回【第5回】


教育ジャーナリスト 渡辺 研




指針

「できない」ではなく「しない」

 ケース対応を重ねてきたことで、次のような指針を得ることができたという。ほっとステーション(以下、HS)をもたない自治体の学校や教育委員会にとっても、保護者対応の参考になると思う。

① 保護者が今要望していることに振り回されるのではなく、中長期的な視点からこどもと保護者の不安を和らげること
② 保護者が要望しているか否かではなく、こどもにとって必要な指導を学校が主体的に考えて行っていくこと
③ 保護者を「満足」させることが目的ではなく、保護者の気持ちに寄り添いながら、こどもの安心を得ることが目的
④ 保護者の主張について詳細な事実確認を行うよりも、児童生徒のトラブルの背景にある不安などを読み解くことが重要
⑤ 保護者の要望に対して「できる/できない」ではなく、「こどもまんなか」の視点から「する/しない」に切り替える
⑥ 子どもに起きている状態を心理士など専門家の見立てを踏まえた多様な視点をもって対応する

 感想にもあったが、⑤は少し説明が必要かもしれない。
 
 学級内でトラブルがあり、例えば、保護者から「クラスを替えてください」と“要望”があったとき、「年度が始まったばかりなので、今それは“できません”」と対応しがちだ。すると保護者は「うちの子が困っているのに、そちらの都合でできないんですか」とヒートアップする。でも、要望を聞き入れてしまうと、「あの家の子はややこしいから、かかわらないようにしよう」と他の保護者から敬遠される。困るのは子どもだ。

 だから「おっしゃる懸念は共有しますが、そのとおりにやると、お子さんにとって学校が安心できる場所にならないので、それは“しません”」と対応する。

「『しない』というのは、『何もしない』ということではなく、『お子さんからSOSが出されたら適切な指導をします。懸念は共有しますが、方法はこちらに任せてください』と言えるかどうか。それを個々の先生が全部負担しようと思うと、そうとう腹が据わってないとダメなのですよ。だから、言いづらい部分は専門家に任せましょうとか、相談員(スーパーバイザー。以下、SV)が入ってチームでやりましょうとか、そこが非常に大きなポイントです」(並河市長)

 天理市が導入した「ほっとステーション」はそういう仕組みだ。

 説明のあと、並河市長に「腑に落ちましたか?」とたずねられたが、ここまで読んでいただいて、読者の皆さんは腑に落ちただろうか。


◆まとめのインタビュー

困っているのなら、考えましょう

 天理市では今年度の夏休み中、中学校区単位で保護者(乳幼児~中学生)を対象にした「見立て」についての研修会を行った(昨年度は教員対象に実施)。
 
 3日間がワンセットとボリュームがあり、講師はHSの臨床心理士、発達心理士、作業療法士。子どもが私立学校に通う保護者にも参加を呼びかけた。


伊勢教育長 「HSの事例を通して“見立てる”ということを教員は学んでいます。保護者にも、子育てに迷っているときに『こんなふうに子どもを見ればいいのか』ということを研修会で学んでもらいます。天理市で子育てをされている方みんなに少し肩の荷を下ろしてもらい、『学校と同じ方向を向いて歩みませんか』という話をさせてもらいます」


並河市長 「保護者の皆さんも認識を共有すると、会話がかみ合ってくる。そもそも、保護者と学校は対立項ではないのです。『お互いにどうかかわれば、お子さんが安心できますかね』と話し合えるのが、本来の在り方。それが今、保護者が責める一方になっている。だからそこに第三者が入って調整していきましょうということなのです。これが全国に広がれば教育現場は変わりますよ」

 前出・文部科学省のモデル事業の類似例はまだ少ない。“ファーストペンギン”は天理市が務めた。

 では、他の自治体がHSを実現するには何が必要なのだろう。

並河市長 「認識の共有。それと、従来のように『先生方だけが抱え込む』ことが決して唯一の方法ではないのだということに気づきを得る。そこですよ。今のやり方を否定するのではなく、子どもにとっても保護者にとっても教員にとっても、それがプラスになっていますか? と考えたらいいのです。それができるかどうかです」

 こんなこともおっしゃった。
並河市長 「ぼくは『困っていないなら、別にいいよ』と言うんです。新しいことを始めるとき、皆さん『いや、それをやるにはこんな課題があって……』と言います。だから『現状はどうなの? 何も困っていないならあえて考える必要はないけど、みんなヒーヒーいってるんやろ? それだったら、どうするかを考えましょう』と。そして、掲げる大義は『先生方が子どもたちと向き合うことに集中できる環境を整える』。これに誰が反対します? そこはしっかり信念をもってやります」
 
 読んでいただいている皆さんの市や町の現状はどうなのだろう。


 教師がヒーヒーいい、保護者がイライラし、その間で子どもがオロオロしているのなら、その状況をどう改善するのか考えていきたい。HSからはさまざまな気づきを得られるはずだ。

 天理市内の学校には少し“余白”ができた。おかげで、次のステップに進める。

並河市長 「これを始めてから学校の課題を我々も共有できるようになりました。今、授業改革のプロジェクトもやろうと思っています。『余白』をつくれたので、どうやったらカリキュラムを柔軟化できるか、探究の時間や復習の時間をどう確保するか、そういうことを、全市横断チームをつくって本格的にやっていこうという話になりました」
 
 HSは教師が本来やるべきことに専念できるように後押しする取組でもある。


 インタビューを終えて、市役所からは少し離れた場所にあるHSを見学させていただいた。待機するSVさんと少し話もできた。対応の中で、こんな人生の先輩にも食ってかかる保護者もいたそうだ。それでも対応の姿勢を崩さずに、あの成果をもたらしてくれた。SVの人材確保もHS実施の大きな鍵だ。

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教職員の働き方改革の「学校と教師の業務の3分類」のうち、「学校以外が担うべき業務」に「保護者等からの過剰な苦情や不当な要求等の学校では対応が困難な事案への対応」が加えられるようだ。
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【了】

次回の予定

1月19日(月)
リーディングスキル(RS)を意識した小学校の授業