学校全体(ホールスクール)で「持続可能な社会の創り手」の育成を
(2022年3月10日更新)
一般社団法人グローバル教育推進プロジェクト(GiFT)
調査・研究統括 木村大輔
学習指導要領にも盛り込まれているSDGs。SDGsの解説をはじめ、「取り入れたい!」と思えるような学校現場における実践などをご紹介します。
今回は、学校全体で「持続可能な社会の創り手」を育成するための視点について紹介します。児童生徒が「持続可能な社会の創り手」として主体的に学び行動するようになるためには、学校という組織全体を動かしながら推進していく体制、システムが必要になります。なお、学校全体での実践は、ESDでは「ホールスクール」アプローチと言われています。
スクールリーダー(校長をはじめとした管理職)が学校改革の中枢
私は2018年よりユネスコバンコク事務所が実施している「革新的なスクールリーダーシップ」の会議に出席しています。会議では、「校長は学校の中枢神経である」として、SDGsなどの新しい時代の教育を学校全体の取り組みとして浸透させるため、校長のリーダーシップ向上に関する取り組みを始めています。
これまで行ってきた教員研修で、たくさんの秀逸な取り組みをされている先生方に出会う機会がありました。そのような先生方の中には、周囲の教員、管理職が、SDGsや国際理解教育などへの理解に乏しく、孤軍奮闘している方も少なくありませんでした。受験の役に立たない、教科書どおりに進めればよいなど、日々の学習活動を重視する中で、SDGsや社会・世界について学ぶ意義や価値の浸透が進んでいないと感じています。
現在、教育はグローバルな政策となり、世界各国が同じ方向を目指して教育のビジョンをつくる過程にあります。入試改革や学習指導要領の改訂は、これからの世界を見据えたものです。「持続可能な社会の創り手」の理念が掲げられたのも、答えのない社会、未来に向けて「主体的・対話的で深い学び」を通してそれぞれが行動できるようにするための手段です。効率的に解答するスキルを磨くだけではなく、何を学び、何ができるようになるか、そして、どのような未来を描きつくっていきたいかという個々の価値観を形成する学びが大切です。その過程で、SDGs(ESD)を通して社会・世界を学ぶ機会が重要な「手段」であるとされ、学習指導要領に組み込まれました。
SDGsを学ぶことが目的なのではありません。SDGsの大切な理念である「誰一人取り残さない社会」を創るためには、個々の行動変容が必要です。この行動変容を促す学びを、教員・児童生徒・保護者・地域社会が個々の幸せ≒ウェルビーイングを追求しながら学校のあり方を考えるための「手段」として扱ってください。SDGsを達成するためだけでなく、SDGsを学ぶことで、社会における学校のあり方について考え、自分たちがどのような社会を創っていきたいか考えるための大切な視点になると思います。
こうした全体を俯瞰した視点と取り組みを浸透させるためには、管理職のリーダーシップ、具体的な働きかけが必要です。そのため、校長をはじめとしたスクールリーダーの意識改革から、教員の教育観の更新が必要だと言われています。
図1は、東南アジア教育大臣機構(SEAMEO)が東南アジア諸国の教員に調査をし、これからの時代の校長に必要な資質・能力をまとめたものです。
校長自身の継続的な職能開発、カリキュラムの実践と改善といった部分だけでなく、人事や資源のマネジメント、プロジェクト管理、地域や関係者との連携強化といった、学校経営の中枢に位置付けられるマネジメント能力なども挙げられています。求められる資質・能力を明記し、支援していくことで、校長のリーダーシップを発揮しやすい土壌を作っていこうとしています。
こうした背景を鑑みると、今後校長や管理職を対象に、新しい時代の教育を学校全体で進めていくための研修や、多忙な教員の環境改善に向けた具体的な取り組みに関する研修なども実施されることになるでしょう。
では、「誰一人取り残さない」学校・社会創りや、SDGsを学びの中心に浸透させるためには、具体的にどのような取り組みが必要なのでしょうか。いくつかのステップに分けてご紹介します。
学校の経営方針にSDGsの理念が入っているか
既にいくつかの地域では指針が示されていますが、「持続可能な社会の創り手」の育成に向け、その指針を学校経営目標に組み込むことが一つ目のステップです。この経営目標をつくる過程に教員を巻き込み、それぞれがどのような思いで児童生徒に向き合っているか、どのような未来を望んでいるかなど、各教員の思いを拾いながら、全教員参加型のプロセスでSDGsの理念を理解していくことが大切だと考えています。
私はよく「あなたはなぜ先生になったのか、何を成し遂げたくて先生になったのか」「教育を通してどのような児童生徒を育てたいか」「教育を通してどのような社会を創りたいか」という問いかけをします。
一人一人の思いを拾い、学校が置かれている地域性と「持続可能な社会」との位置付けについて教職員間で議論しながら、学習活動やカリキュラムに落とし込みます。
そうすると、教員自身が未来・社会を描く一員として参画でき、自分事として学校の目標を捉える機会になります。
図2は、国立教育政策研究所が示した「持続可能な社会づくりの構成概念(例)」です。まず教員間のコミュニケーションからこうした視点を実践し、SDGsの理念を浸透させる機会にするとよいと思います。
目標から具体的に育みたい資質・能力を考える
目標を定めたら、具体的に児童生徒にどのような資質・能力を身に付けてもらいたいか考えます。第1回、第2回で紹介した、①認知領域(知識・思考力)、②社会・情動領域(社会性、対人関係構築能力、情動、価値観)、③行動領域(行動、行為の変容につながる領域)といった領域を意識して考えます。生徒に身に付けてもらいたい資質・能力は、同時に教員にも必要な資質・能力だと思います。是非、教員はこの他にどのような資質・能力を身に付けるべきかも話してみてください。
実施体制、既存の活動と結びつける
また、それぞれの教員が行ってきた学習活動や学校全体で行っている課外活動、部活動など、既存の活動を棚卸しします。実は、これまでの活動の中にも、SDGsに深く関わるものはたくさんあります。しかし、前例踏襲で続けていたり、その学習の意義を認識しないまま続けていたりするものもあると思います。棚卸しをすることで、
・持続可能な社会の創り手育成に必要、不必要なもの
・持続可能な学校づくりに必要、不必要なもの
・手段が目的化している学習活動
という視点で、残すもの、中止するものの取捨選択ができます。
取捨選択された活動から、何をどのようにつなげていくか検討し、学校経営目標に合った学びをどのようにつくることができるかを考えていきます。
また、GIGAスクール構想によって学校のデジタル化が進む絶好の機会ですので、デジタル化して円滑にコミュニケーションをとったり、これまで非効率に行われてきた事務作業などを効率化したりすることに向き合ってもよいでしょう。SDGsで資源の有限性について話し合っている一方で、大量の紙を配布して学びを続けることは、SDGs的ではありません。「誰一人取り残さない」という言葉だけで、新たな取り組みをして最適化しようとしないのであれば、それは即ち学校の持続可能性も危ういのではないかと思います。
校外の関係者、機関のマッピング
これまで積み上げてきた行事や学習活動などの取り組み、学校として持つ資源が見えてきたら、次はそれらをどのように活用したらよりよくなるか考えてみてください。校内で全てを完結するのではなく、地域に開かれ、つながる学校をつくるためには、校外の資源を活用することも大切です。
地域社会との関わりをつくることで新鮮な視点が加わりますし、人事異動に左右されず実施する体制ができるかもしれません。何よりも大切なのは、学校の経営目標、育成を目指す児童生徒像が完成した後、今学校にある資源の中で足りないものをどう補っていくかです。その際、誰にどのように依頼するか、優先順位は何かなど、具体的なことも共に考えると、変化を生み出すことができます。
おわりに
今回紹介したもの以外にも、第3回で紹介したカリキュラム・マネジメントを見直す中で、既存の教科にSDGsの理念を組み込んだり、ESDカレンダーを作成して一定期間を通してあるテーマについて学ぶ機会をつくったりすることが考えられます。業務を整理することで、児童生徒の学びのための時間がつくれて、教員の意識の統一ができるのであれば、この時間は持続可能な学校づくりに必要な投資と言えるでしょう。多忙な職場のシステムの根底にあるのは仕事の仕方、業務の優先順位、人材の配置など、細かい部分にあると思います。コロナ禍で学校の機能の見直しができる今こそ、未来に向けた投資をする学校・地域が増えることを願っています。