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With Sports 「スポーツと生きる人」から、スポーツの今とこれからを知る

with Sports 池田省治さん((株)オフィスショウ代表取締役/日本サッカー協会施設委員会委員)

(2023年6月2日更新)

「スポーツと生きる人」から、スポーツの今とこれからを知る

池田 省治 さん

サッカースタジアムや野球場などのグラウンドを整備する“グラウンドキーパー”。季節や状況を見極めて天然芝を管理し、選手の最高のプレイを引き出す職人だ。池田省治さんは国内外の芝生管理を請け負う第一人者。池田さんと芝生との出会いや、東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、東京2020大会)の舞台裏について聞いた。【取材・文/荒木 美晴】

 池田さんが代表を務めるオフィスショウは、プロサッカーチームの公式練習場や陸上競技場など全国の39面のグラウンドと、11か所の学校の校庭や園庭の芝生を管理している。東京2020大会では、新国立競技場や東京スタジアム(味の素スタジアム)、秩父宮ラグビー場などを担当。グラウンドは人間が走れば、馬も跳び、槍や砲丸も飛んでくる。池田さんたちグラウンドキーパーは、各会場でダメージを受けた芝生を丁寧に手入れし、アスリートのパフォーマンスを支えた。
 グラウンドキーパーとして30年以上のキャリアを持つ池田さんも、自国開催のオリンピック・パラリンピックで芝生を管理するのは初めて。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で大会延期が決まった際は不安もあったが、「開催の可能性がある限りは準備を怠らない」と、前を向いた。
 開会式では職人の知恵と技術が発揮された。ステージ設置のためフィールドの芝生はあらかじめ撤去されており、開会式が終わって設営が搬出されたその日の夜、90人ものグラウンドクルーが現場に入り、池田さんの指揮のもと、10時間をかけて、一から芝生を張っていったそうだ。
 本来、芝生は畑で根や地下茎を切って収穫して会場に運搬するが、時間がかかると変色してしまう。今回は開会式のリハーサルも含めて長期間会場が使えないため、特別な管理計画を立てる必要があった。そこで、畑では根を残した状態で芝生を収穫し、そのあと別の場所に仮置きし、再収穫する方式を採用した。誰も経験したことがないチャレンジだったが、池田さんには自信があった。「私の師匠のジョージ・トーマ氏が1996年のアトランタ大会で、本番1週間前に張り替えたことがありました。今回はそれを参考にしました」と池田さん。開会式の翌日には、新国立競技場の中心に美しい芝生のフィールドができあがっていた。
 アメリカの著名なグラウンドキーパーであるトーマ氏とは、1989年に東京ドームで開催されたナショナルフットボールリーグ(NFL)のプレシーズンゲームで出会った。当時、イベント会社を経営していた池田さんの主な担当は運営マニュアルの作成だったが、以前にゼネコンで働いていた経験を買われ、天然芝の練習場整備にも携わることになった。

 ジョージ・トーマ氏(右)と

 とはいえ、これまでの芝生の仕事といえば高速道路ののり面に芝生の種を植え付けたことくらい。このときにゼロから指導してくれたのが、責任者として来日していたトーマ氏だった。池田さんは、種の種類や水やりなどの基礎から管理方法まで徹底して教わり、半年後にはNFL側も納得する完璧なグラウンドを完成させた。
 その縁で、池田さんは全米最大のスポーツイベントであるNFLの最高峰「スーパーボウル」の芝のメンテナンスクルーの一員として迎えられ、全米から集まった精鋭とともに積極果敢に行動した。そこではクルーに責任と権限が与えられ、目的のために最善を尽くすプロの矜持を学んだ。ますます“スポーツターフ”の魅力に取りつかれていった池田さんは修行を重ね、それ以降もスーパーボウルのグラウンドキーパーの任務を遂行している(計23回)。そして今なお、奥の深い芝生の世界を追究すべく、技術を磨く池田さん。その背中は次代を担う後輩たちの憧れだ。
「日本にもっと、緑のオアシスを増やしたい」と、現在は日本サッカー協会のグリーンプロジェクトメンバーや東京都の小学校校庭緑化アドバイザーを務める。「例えば、イギリスの小学校のグラウンドは芝生ですが、日本はまだ土やコンクリートが多い。予算がないとか、誰が管理するのかが課題なんでしょうけれど、環境と子どもの発育にとってどっちがいいのか、という話です。芝は“草の絨毯”。転んでもけがをしにくいし、何より子どもたちは芝生の上で遊ぶと笑顔になる。そういう当たり前の世界を広げていきたいですね」。日本に芝生文化を根付かせるため、池田さんはこれからも精力的に活動していく。

 ①土を平らに整地
②芝生を張り、根を定着させる
③クロスバーまでの高さを計測
④土にする部分の芝生を削ぐ
⑤芝を刈り、長さを調整

PROFILE ● いけだ しょうじ
1958年、富山県生まれ。武蔵工業大学土木工学科卒業後、建設会社勤務を経て、1984年に(株)オフィスショウを設立。NFLグラウンドキーパーのジョージ・トーマ氏と出会い、芝生の奥深さに魅了され、芝生づくりの技術と精神を学んだことがきっかけで芝生に携わるようになった。スーパーボウルの23回を含めNFLの大会に60回参加。現在、34名のクルーを率いて新国立競技場、JFA夢フィールド、味の素スタジアムなど全国20か所以上のグラウンドの芝生管理に当たっている。