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教育ジャーナル Vol.16-3

授業改善

主体的な学び・対話的な学び・深い学び、個別最適・協働的な学び、
学びに向かう力は授業でどう表現されているか 後編
授業者の意図、学習者の姿

授業改善

主体的な学び・対話的な学び・深い学び、個別最適・協働的な学び、学びに向かう力は授業でどう表現されているか 後編
授業者の意図、学習者の姿

渡辺 研 教育ジャーナリスト

 学びの場で学校と教師は子どもたちの学びのことを常に考え、悩み、工夫して日々の授業を行っている。
今、学校教育現場で「学びに向かう力」はどう表現されているのか。今回はこのテーマの後編をお届けします。

千代田区立九段小学校――学びに向かう力を育む

我が国の心臓部

 東京都千代田区。区の中央には皇居が位置する。そして、国会議事堂があり、最高裁判所があり、内閣総理大臣官邸があり、霞が関があり、永田町があり、丸の内や大手町があり、東京駅があり、日本武道館があり、AKB(アキバ)こと秋葉原も。全国の中学校の校長先生たちを大いに刺激した麹町中学校も千代田区立の学校だ。国を動かしているさまざまなものが集まった、まさに国の心臓部だ。
 その千代田区の九段小学校(清水明校長)で、研究発表会が開かれた。
 研究は、区立九段幼稚園との共同の取組で、「9年間を通した『令和の日本型教育』で育む『学びに向かう力』」。九段幼稚園は小学校と同じ校舎内にあり、空き時間が少しあれば互いにふだんの活動や授業を見合うことができる。“研究”“連携”と身がまえなくても、「子どもの育ちは連続している」ことを先生方は実感できる環境にある。
 伸び伸び学ぶ子どもたちがこのあと登場するが、なぜそんな子どもたちの姿が実現できたのか、研究の概要を紹介する。
(残念だが、今回は小学校の取組だけを取りあげる)

学びに向かう力とはこんな力

 九段小学校の教師たちは、「本校の子どもたちには、今の学びを将来の学びへとつなげてほしい。生涯にわたって、他者と共に考え、学び続ける人となってほしい」と願った。そして「そのために私たち教師は、今、何をしなければならないのか」と考えた。
 その思いをもって、改めて子どもたちの姿を見たとき、「失敗を気にする」「すぐにあきらめる」「自分の考えを言おうとしない」「声の大きい児童に同調する」といった、学習に向かう態度や行動面に課題があることを多くの教師が実感していた。
 では、この子どもたちに必要なことは何か。それは、「意欲」「協調性」「粘り強さ」といった「非認知能力」の育成だと考えた。資質・能力の3つの柱でいえば「学びに向かう力・人間性等」だ。それなら「学びに向かう力」を日々の授業を通してどのように育むのかに焦点を当てようと、3つ柱のうちの一番の難題にチャレンジすることを決めた。
 設定した研究主題が「共に考え、学び続ける姿を目指して~『学びに向かう力』を高める授業づくり」。サブタイトルにある授業づくりの方策を目指して、令和3年度から研究をスタートさせた。(*1)
「学びに向かう力」という、テストでは測れない力をそれぞれの教師が授業を通して育もうというのだから、「学びに向かう力を発揮している子どもの姿」を具体的にして、教師間で共通理解し、それを見取らなければならない。どこの学校でも最も悩むところだろう。
 途中の協議経過は省略するが、九段小学校では、学校教育目標と結びつけて、「学びに向かう力」を次のように具体化した(「~子」の部分が学校教育目標)。
「進んで学ぶ子」⇔「進んで伝えようとする力」(外向性)
「仲よく助け合う子」⇔「他者とつながる力」(協調性)
「心も体もたくましい子」⇔「あきらめずにやり抜く力」(誠実性)
 こうして具体化することで、何をすればいいのかを可視化した。では実際にどう授業づくりをしてきたのか。

*1 九段幼稚園の研究は令和4年度。研究主題は「生涯にわたり学び続ける姿を目指して~夢中になって遊びこむ経験を通して学びに向かう力を育む」。当日は、本当に夢中になって、友達と協力し合って遊ぶ子どもたちの姿を見ることができた。

こんな子どもの姿を実現したい

 授業づくりは、“本時”で高めたい「学びに向かう力」と目指す子どもの姿を具体化・明確化しながら考えていった。
「進んで伝えようとする力」では、「進んで自分の意見を伝えながら」「だれに対しても同じように伝えながら」「相手と違う考えであっても」などを「期待する態度」とした。
「他者とつながる力」では、「互いの意見を生かしながら」「考えの違いを受け入れながら」「それぞれの思いを聞き合いながら」など。
「あきらめずにやり抜く力」では、「粘り強く何度も繰り返し」「思ったとおりにできなくても」など。
 そして、こんなフォーマットに沿って「目指す児童の姿」を描いた。
「〇〇について(おいて)、△△しながら、□□しようとしている姿」(〇は対象や状況、場面。△は期待する態度。□は「主体的に学習に取り組む態度」として表れてほしい、授業における児童の行為)
 これが評価規準につながる。
 そして、「学びに向かう力」を育むために、授業の中で次の活動を意図的に設定した。
【課題の設定】授業の導入を工夫し、他者と共に考えたくなる、追究したくなる学習課題を設定する。
【協働的な活動の設定】育成したい「学びに向かう力」が活用・発揮されるように他者との協働的な活動を設定する。音声言語によるアウトプットを大切にした活動を展開。
【振り返る活動の設定】学びに対する手応えの実感(できた、分かった、楽しいなど)と文字言語によるアウトプットにより、学びの自覚化を図る。発問等を工夫して振り返る視点を明確にする。
“本時”の授業に当たっては、「学びに向かう力(どの力)」「目指す児童の姿」「~設定」「評価規準」を「授業づくりシート」に記入して、授業者自身が具体的に再確認する。
 基本的には、主体的・対話的で深い学びの視点による授業づくりだ。
 抽象的な概念が並ぶのではなく、「こんな子どもたちの姿を実現するために、具体的にどんな授業をつくるのか」という視点で進められてきていた。

友達の相談を本気で考える

 この日、幼稚園の活動を含めて全学年の授業が公開されたが、2年生の国語の授業を参観した。「日常的に使う日本語(の力を上げる)」授業を見たかったからだ。
 記事前半の中学生に比べるとずいぶん幼く見えたのだが、学ぶ姿は遜色ない。小学校生活のいろいろな場面でこの態度をみがいていけば、あの中学生の姿(前編参照)に育つのだろうと思った。こんな授業だった。
◆国語科・小中絵里奈教諭(他者とつながる力)【単元名】2年生「みんなで話をつなげよう」(8時間。本時は第7時)教材は「そうだんにのってください」
【本時で目指す児童の姿】友達の相談事について考え、相手の思いを受け止めて反応しながら、自分の思いや考えを伝えようとしている姿。評価規準(主体的に学習に取り組む態度)は「友達の~伝えようとしている」。
 この日の教材はオリジナル。友達の本物の相談事の答えをみんなで話し合う(相談について考える学習は3回目)。
 最初に「キラキラさん」の紹介。まず、学習の振り返りに次時の目当て(自分の改善点)をしっかり書けた児童の名前を何人か挙げて、一人の内容を紹介(挙手による)。次いで付箋書きのキラキラさんの発表。
 子どもたちのノートには10枚ほどの水色とピンクの付箋が貼ってある。
 水色の付箋は「いいねブルー」。話し合いの中で友達のよかったこと(「こんな反応をしてくれてうれしかった」など)を書く。ピンクの付箋は「さらにレッド」。こういうところに気をつけるとさらによくなるよと書く。それを班の友達と交換する。「さらにレッド」は“ダメだし”ではなく、基本は肯定。話し方や聞き方の精度が上がりそうだ。
(振り返りや付箋から「話し方名人・聞き方名人」を選び、内容をモデルとして共有)
 本時のねらいは「友だちの思いを受けとめて、反応しながら聞き、自分の思いや考えをつたえよう」。
 話し合いのテーマになる相談事は、「そうだんポスト」に投稿されたリアルな相談。だから子どもたちは、友達のために本気になる(課題の設定)。“本気になる”は主体的な学びの重要な要素だ。相談事(話題)は学級みんなで選ぶ(第2時から実施)。
 本時は「弟の誕生日に何をしてあげたら喜んでもらえるかな」を考える。弟の好きなもの・ことの一覧もある。
 考え始める前に、今日の話し合いで“さらに頑張ってほしいこと”を確認する。
 友達の話を聞くときは物にさわらない。よい姿勢。声を出さない反応(うなずく)。わからないことを聞き返し。大人たちの会議などでも頑張らなければならないことばかり。
「できていたら“いいねブルー”をあげてください。もう2回やっているから大丈夫だね」
 みんなでうなずいて、テキパキとグループ対話の形に机を動かした。

「ついに達成できました!」

 さっそく、あちこちから子どもたちの声が聞こえてくる。班の一つにくっついて、経過をよく見せてもらった。
「これから話し合いを始めます。えっと、できる人いる? Aさんからどう回る? じゃあAさん、お願いします」――ファシリテーター(司会)もライター(タブレット係)も決まっている。
「弟くんが好きなハンバーグをつくってあげる」「子どもじゃあぶない」「お母さんと一緒につくる」「昼と夜、どっちに食べる?」
――少し脱線しそうにもなる。
「ローラースケートを一緒にやってあげる。バランスが危ないから手をつなぐ」「ああ、たしかに」「できるようになりたいことだから、そういうのも“あり”じゃない?」
「ワールドカップを一緒に見る」という旬の話題も登場した。
 設定した7分間はあっという間。
 休む間もなく今の話し合いについて班で振り返る。「話しているときにBさんがうなずいているのがいいなと思いました」「話しているとき、Cさんが目を見てくれていた」
 そして「いいねブルー」と「さらにレッド」をテキパキと書いていく。
「書き方がわからなかったら、お友達のいい書き方を参考にさせてもらってもいいよ」と小中教諭のアドバイス。常に協働(友達とのかかわり)で授業が進んでいく。
 ライターはノートに記録した班の意見をタブレットで撮って送信。各班の意見が集まったら、各ファシリテーターが順に前に出て班の意見を発表。発表を聞きながら「へぇ~」「すご~い」と声が出て、拍手が起きる。見ていた班の「3つ目の一緒にワールドカップを見る」にブラボー!(歓声)が起きた。
 全部の意見が出そろい、相談者は「お母さんと一緒にハンバーグをつくるがいいと思いました」と悩みを解決することができた。
 そして授業の振り返り。
「お友達からもらった『いいねブルー、さらにレッド』を読んで、ここができていたんだなあ、こういうところを直すといいんだなって」と振り返りの視点が示される。
「書くのが早くなったね」「それも書いて」と班を回る小中教諭の声が聞こえる。
 数人の振り返りを共有した。その一つ。
「今日は物をさわらないで聞くことができました。次は声を出さない反応をしたいです」
「すごい、ついにできた。Dさんの『さらにレッド』を読んで、Eくんはそれが達成できました」と小中教諭。大きな拍手が起きた。
 何を頑張ればいいのか。それを具体的にしてかかわることで、学習者は45分の間にも成長できる。「できた」という実感が学びに向かう力になる。そういう授業を参観できた。