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教育ジャーナル Vol.20-5

■山形県の取組 

ゆとりの中で、新採教員は
どう育っているか
新採教員育成・支援事業【前編】

■山形県の取組

ゆとりの中で、新採教員は
どう育っているか

新採教員育成・支援事業
【前編】

(執筆者)
教育ジャーナリスト 渡辺 研


You are fine ! という言葉が好きだ。教師は、資格さえあればできる仕事ではない。
「大丈夫! きみなら、やれる!」と、確信をもって新人教師を教室に送り出すには、やはり準備や体制が必要だ。
新採育成・支援の取組は、どんな力になっているのだろう。

●検証はまだ先の話だが

 本Web 教育ジャーナル Vol.19-1(2023.10.16UP)記事で、山形県が今年度から実施している「新採教員育成・支援事業(小学校における大卒新採教員の採用年度の負担を軽減しながら育成する)」の仕組みを紹介した。小学校では「大卒新採教員には、初年度は単独で学級担任をもたせない。学級担任をもつ場合は大卒新採をサポートする支援員を配置する」というものだ。
「学級担任をもたせない」(Aタイプ)「学級担任をもつ場合は~」(Bタイプ)の二つの場合があり、Aタイプの初任者は「教科担任・学級副担任」として児童とかかわり、Bタイプの初任者は「学級担任」として学級経営にあたるが、何かの教科の授業は支援員が代わり、初任者に〝空き時間〟を確保する。
 導入初年度、しかもスタートしたばかりのため、まだ成果も課題も明らかになっておらず、配属校で改善や修正を加えながら取組を運用している状況だが、初任者本人や学校の様子を早く知りたくて、夏休みに入ってすぐに村山地区の2校を訪ねた。子どもたちとのかかわりは見ることができなかったが、落ち着いてお話を伺うことができた。
 両校で印象的だったのは、〝新人の先生〟に向ける〝先輩たち〟の温かなまなざしだった。

村山市立楯岡小学校と鹿野真依教諭(Aタイプ)
―― 今は、来年度を見据えて準備する時間

学校の体制

●フォア・ザ・チーム楯小

〝大卒新採教員〟鹿野真依教諭の勤務校は村山市立楯岡小学校(井上敏春校長)。
 この取組のもとで配属された新人を、学校はどんな体制で迎えたのか。学校のプロフィールと併せて、まず井上校長に伺う。学校の開校は明治6年(1873年)。日本の学校制度の歩みとともに創立150周年を迎えた。その年に、伝統校に新たな仕組みが導入されるのは、日本の学校に転機が訪れつつあることを示唆しているのかもしれない。
 学校は各学年3学級及び、特別支援学級が5学級。今年度の児童数501名。
 学校教育目標は「志 感動 笑顔 三つの『あ』を大切にする学校(あきらめない・ありがとう・あいさつ)」。目指す子ども像は「自らの生活・学習に『楽しく!』取り組む たてやまっ子」。目指す教師像は「〝チーム楯小〟は『フォア・ザ・チーム楯小』学校・学年全体が子ども一人ひとりの担任団・応援団」。この教師像が鹿野教諭の育成にも関係する。
 また、学校は「教育で人を迎え入れる『マグネット・スクール』」を目指している。
「『我が子をこの学校に入れたいから、ここ(校区)に住みたい』と、そういう学校になりたい。学力をちゃんとつける、自然が豊かなのでフィールドワークを通して地域とのかかわりを学びながら、楽しく生きる力を育む。それを目指しています」
 学校の教育活動に人々が引き寄せられる。この時代の公立学校の在り方かもしれない。

● 学級の担当・学年の担任

 鹿野教諭は3、4年生の理科と書写の授業を受けもっている。鹿野教諭自身は理科が得意だったわけではなく、むしろ「大丈夫かなあ」と不安があった。それでも井上校長は「理科がちゃんと指導できるようになっておけば、それは絶対に教員としての財産になる」と言って、中学年の理科を任せた(教科担任)。
 Aタイプのもう一つの条件が学級副担任。小学校にはこの制度がなく、教師自身も「学級経営は学級担任がすべてを行うもの」と認識しているため、学級副担任にどんな役割を与えればよいのか、ほかのAタイプの学校でもとまどいがあるそうだ。楯岡小では、そこで〝チーム楯小〟が有効に働いた。
「今年度、本校は『学年の担任』という考え方をしています。学年の3クラスに加えて、交流を行う特別支援学級の先生も含めて、みんながこの学年の担任。子どもにも保護者にもそう説明して、その上で、『1組の〝担当〟はこの先生です』という言い方をしています。1組担当だけど学年全員の担任。だから、学年の一人ひとりをよく見てくださいねと、先生方には言っています」
 教職員の中には子育て世代や介護世代もいて、家庭の事情で急な年休も少なくない。
「ですから、子どもたちにまず自主的に学習できる力を育みながら、3学級を2名でみるとか、それが可能な体制を取りました」
 鹿野教諭は、〝便宜上〟3年1組(学年主任が担当する学級)の副担任。でも、3、4年生の理科を担当する関係で、実質は「3、4年生の担任」になる。そのため、3、4年生の学年団で誰かが休んだときには、空き時間に3年1組以外の学級に入ることもある。
「今回の県の取組では空き時間を保障しなければならないのですが、『悪いけど……』と言って入ってもらっています」
 Aタイプの新採者には従来にはない〝ゆとり〟が保障されているが、反面、学級経営を経験することができない。だからこうしたことも空き時間の有効な活用になる。
「鹿野は学級づくりの部分は見て学ぶしかないので、6名の担当それぞれの学級経営スタイルを学びながら、来年度の自分の学級経営像を思い描いてもらいたいと思っています」
 井上校長は「副担任を拡大解釈しています」とおっしゃるが、未知の取組は、現場の実態に即して運用していかないと、ねらいどおりには育っていかない。
 楯岡小では、まずは取組をこのように受け止めてスタートさせた。

鹿野真依教諭のお話

●「えっ? 学級担任じゃないの?」

 夏休みの校長室でインタビューに答えてくれた鹿野教諭の手元には、ずいぶん使い込まれた感のある大学ノートが2冊。何が書かれているのかは、のちほど。
 鹿野教諭は、小学校2年生のときからすでに「私も小学校の先生になりたい」と言っていたのだそうだ。
「1、2年生のときの担任の先生が、私には憧れの存在でした」
 その後、何人もの教師に出会ったが、誰からもその望みを壊されなかった。
 大学生になり、教師という職業が現実味を帯びても、思いは変わらなかった。世間では
〝ブラックな職業〟といわれ、仕事の大変さはいや応なく学生の耳にも届いていた。
「子どもたちを間近に見て、子どもたちの成長にかかわれる仕事っていいなあって。教員の喜びとか、楽しそうだなとか、そっちの面のほうが大きかったですね」
 昨年秋、山形県の教員採用試験に合格し、いよいよ小学校の先生だと、期待と不安が入り混じった気持ちで迎えた今年3月になって、この取組のことを知らされた。しかも、配属された楯岡小はAタイプで、自分は学級担任ではない。率直にどう思ったのか。
「『担任の先生になったら、こういう学級を目指したい、こんなふうに子どもたちとかかわりたい』と思い描いて、少しずつ準備をしてきて、実際に生かしていけたらいいなあって、そういう心づもりでいました。だから、やっぱり最初は『えっ? そうなの?』というところもあったんですけど……」
「初年度からでも学級担任をやれただろう」というのが井上校長の〝鹿野教諭評〟だ。
「でも、現場に出てみると、理科だけであっても4月は本当にバタバタで、毎日を必死で過ごしていた感じでした。今になって思うと、学級担任だったら、きっと私、いっぱい、いっぱいになっていました」
 そのバタバタの最中、自分が今いる立場を理解し、心づもりを修正した。
「自分にとっては、今は来年度を見据えて準備する時間なんだ、教師という仕事を勉強する期間なんだと考えました。こんなありがたい環境でやっていけることになって、私にはよかったんだろうと思います」
 新採者たちがこんなふうに捉えてくれると、この取組がさらに生きるだろう。

● 週9コマの空き時間

 学級担任ではなくても、子どもたちを間近に見て成長にかかわることは、十分にできている。むしろ、2学年6学級163名の子どもたちと関係がもてることは貴重な経験だ。教科担任の話を伺っていく。
「授業で子どもたちに会ってみたら、私はこんなにたくさんの子どもたちとかかわれるのだ、これは楽しいのではないかと思えました。3年生と4年生の違いも感じます。5月、6月で名前と顔もだいたい一致してきて、今は全員わかります」
 これも確実に次年度につながっていく。
 理科の授業力の向上については、あとで初任者研修担当教諭の話を伺う。
 小学校の場合、〝ほかの先生の学級の子どもたち〟にどこまで踏み込んでいいのかという難しさがある。
「最初はそれがありました。でも、先生方も私を〝学年の一員〟として見てくださっていて、『子どもに言うべきことは言っていいんだからね』とおっしゃっていただきました。ですので、言わなければいけないのに言えないということもなく、言うべきことは授業の中でちゃんと伝えています。先生方のそんな配慮があったので、そこはあまり悩むことなく過ごしてこられました」
「学年の担任」という意識は教師たちの間にちゃんと根づいていた。
 一方、教科担任制のメリットの一つは、同じ授業を何度か繰り返せることだ。同じ授業といっても、それぞれ子どもたちが違うのだから、学級に合わせたアレンジもしなければならない。それは授業力向上につながり、新人の教師にはこれも貴重な経験になる。
 もう一つのメリットは、〝空き時間〟が生じることだ。一般的には、学校それぞれの事情次第だが、この取組では新採者の空き時間の確保は保障されている。鹿野教諭の場合は、週27コマ中、授業は18 コマ。初任者指導の時間も含めて9コマの空きがある。
「その時間は、だいたいは教材研究や、先生方の授業を見たり、校務分掌でやらなければならない業務をやったりしています。授業を振り返って、工夫や改善をするのもこの時間を使っています」
 2学年分の理科授業なので、当然、教材研究や予備実験に多くの時間は割かれるが、新人教師にとっては、ここにかける時間が勤務時間内にあることは大きい。

● ノートにはたくさんの気づきが

 一方、ほかの教師の授業を見ることも、重要な学びになる。
 井上校長の話にあったように、鹿野教諭が「3、4年生の担任」であることはほかの教師たちも理解しているので、「いつでも見に来ていいよ」と言ってもらっている。「積極的に見に行っていますか?」と聞くと、「昨日、記録を見直してみたのですが」と言って、手元のノートを開いた。どのページも、どの行も、手書きの文字がびっしり。
「例えば、子どもたちを話に注目させるための方法が自分には足りないと思って、引き出しをたくさんもっていらっしゃる先生にお願いして、授業を見せていただきました。自分で課題に気づいたら、授業を見せていただくということは、何回もありました」
 先輩教師のほうから「今度、こういう授業するから見においでよ」と声がかかることもあるそうだ。これだけでも、育成の視点からすれば何よりのメリットだ。
 こうして「自分の課題」や「参観からの気づき」「自分の授業の改善策」がノートに書き込まれているのだろう。でも、書かれているのは授業だけではなかった。
 朝の会や帰りの会に入ることもあるし、給食は4年3組の子どもたちと一緒に。
「自分が学級担任だったら、どんなことを大事にして朝の会や帰りの会をすればいいのかっていうヒントをいただいたり、授業とは違う子どもたちの姿を見て、『こんな面もあるんだ』と思ったり。こういうことがあったとか、子どもからこんなことを言ってもらってうれしかったとか、改善したいこととか、なんとか来年につなげられるように、ノートにはいろいろなことを書きためています。4月から使い始めて、昨日でちょうど1冊終わりました。これを生かしたいので、夏休み中に振り返って、少し整理したいと思っています」
 ノートには「課題1」や「やってみたい」といった言葉も書き込んであるそうだ。
「『よし! 来年に!』みたいな」と鹿野教諭は笑う。来年度が待ち遠しくてウズウズしているようだ。

● 教師のスタートカリキュラム 

 今年度は直接的には学級経営を経験することはできないが、こんな〝学び〟も実行している。もちろんそれも、ノートに書かれていることだろう。
「職員室では4年生の先生方と同じブロックにいます。そこで、電話対応の仕方だとか、何か子ども同士のトラブルがあったときには保護者の方にはこういう伝え方をするとか、こういうことを大事にして電話されているんだなとか、隣にいるだけで感じるものや気づくことがあります」
 教師には、子どもが下校してから始められる仕事もあり、仕事の流れや先輩たちの動きを見ながら、「イメージできることは今のうちにしておこう」と、来年度の自分の姿をイメージしているそうだ。
 手が空いているときは、「何か私にできることはありませんか」と声もかけている。
「特に3、4年生の先生方にはお世話になっているので、何か少しでも貢献できればという気持ちです」
 授業や子どもたちとのかかわりの様子は見せていただいていないが、話を伺っているだけでノート同様、鹿野教諭の前向きな姿勢がビシビシ伝わってくる。井上校長の〝評〟どおり、初年度からでも学級担任が務まっていたことだろう。
 でも……とも思う。学級担任という、日々の多種多様で煩雑な業務に追われながらでは、自分の授業づくりや学級経営の課題に気がついても、今の立場のように早期に課題を改善することは困難だ。未解決の課題が積もれば、それ自体がストレスにもなる。
 かつての〝鹿野真依さん〟がそうだったように、学級担任の子どもへの影響は大きい。せっかくのフレッシュな先生を、疲れた顔で子どもの前に立たせたくはない。
 新人の教師の最初の1年は、急き立てることなく、まずは〝この仕事〟を現実的に理解する余裕をもたせながら、少し自信もつけてスタートさせてあげたい。
 鹿野教諭の話を伺いながら、余計に、そう思った。

指導者・校長のお話

● まずは理科の授業づくり

 鹿野教諭の初任者研修を担当するのが下河辺敏弥教諭。校長で退職、再任用後、拠点校指導教員として初任者の指導にあたる。
「前向きで一生懸命です。『明日の授業で一つ困っているんです』と電話してくることもありますよ」
 指導の重点は理科の授業づくり。
「初任者研修の範囲はものすごく広いのですが、彼女の場合は理科の授業のつくり方に重点を置いて計画を立てました。理科の見方・考え方を授業の中に盛り込んで、どうしたら子どもたちにとって〝わかる、楽しい授業〟になるかという基礎的なところから話をしながら、授業準備を手伝っています」
 やはり教師の本務は授業。この1年は理科に特化しているとはいえ、〝主体・対話・深い〟の授業スタイルからすれば他教科にも生かせる力もつく。授業にある程度の自信をもって2年目を迎えられることは大きい。
「そして、授業づくりとともに、子どもたちの生徒指導面も含めて指示の出し方とか、場合によっては注意の仕方を教えています」
 まずは授業だが、でも来年度は学級担任として独り立ちしてもらわなければならない。仕事は理科の授業だけではない。
「来年に向けてどうすることがよいのか、校長と相談しながら考えています。担任をもつと、ものすごい負担感が出てくるはずです。そこを少しでも軽減できる取組を、今年度の後半にどのくらいできるのか、そこが課題です。私の指導というより、学校の体制になりますが」
 具体的な案を聞かせていただいた。
「例えば、3学期あたりに、学級担任と相談して、算数あるいは国語の1単元と理科の1単元とで、授業を交換してもらったらどうかと考えています」
 井上校長の案はこのあと紹介するが、先輩たちはこんな気づかいをしてくれている。
 下河辺教諭はほかにも3校の新採教諭(Bタイプを含む)の指導を行っておられる。
「退勤時間も従来の新採よりも早いし、みんなニコニコして学校に来ていますよ」
 大事にしすぎて、来年、大丈夫かなと懸念する先輩教師もいるかもしれない。その点は2年、3年たたなければ誰にもわからない。でも少なくとも、「採用年度の負担を軽減しながら育成する」は実現している。

● いずれ保護者対応の経験も

 井上校長から「鹿野教諭の来年度に向けて」というお話を伺う。
 その前に。楯岡小学校はこの学校規模ということもあり、新採の教師が配置されることも多い。だから、初任者育成のノウハウももっている。
 昨年度は2名で、それぞれ2年生と4年生の学級担任(担当)を務めた。そして、今年度もそのまま2年生と4年生にステイ。若手の教師については〝ステイ〟か〝もち上がり〟か、いずれかの方法を取るそうだ。
 理由は説明するまでもないと思うが、2年目は教材研究か集団づくりか、どちらかの負担を軽減する。2名は今年4、5月は集団づくりに力を注ぐことができた。この原則からすると、鹿野教諭は4年生の学級担任になりそうだが……人事はどうなるかわからない。
「保護者対応は経験できないので、そこをどう勉強させるか。本校では保護者対応には学年主任と当該クラスの担当が複数であたっているのですが、そこに入れてみようかと考えています。夏休み中には保護者から希望があれば面談の機会を設けていますが、特別支援関係も含めてその場に同席させるとか……。学校ではどんなやり方で問題を解決しているのか、これは実地でしか学べませんから」
 前向きで一生懸命であることが、逆に自分を追い詰めてしまうことがないように、こんなアドバイスもしている。
「自分が大学で学んできたこともあるわけですから、ほかの先生の授業を見るときは、〝批判的な見方(クリティカル・シンキング)〟というか、『私だったらこうする』という見方をするように言っています。『あの先生の授業を私もやりたい』と、なんでも取り入れようとして、それでいっぱいになってしまったのでは、資質・能力が伸びていきません」
「そんなにいつも前向きで大丈夫か?」と声をかけることもあるそうだ。
「『これはできません』と言ってもいいのに、いつも笑顔で、ほとんど『できません』とは言いませんね」
 国の小学校専科指導加配があっても、実際には人の配置のやりくりには苦心が要るのだそうだ。それでもこの取組は、先輩たちにも新人を丁寧に育てるゆとりをもたらしてくれた。教師が子どもたちに向けるまなざしを、新人の教師にも向けてくれているようだ。

【後編へ続く】

次回の予定

2月26日(月)
ゆとりの中で、新採教員はどう育っているか【後編】

※次回のタイトルは変更になることがあります。ご了承ください。