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教育ジャーナル Vol.20-6

■山形県の取組 

ゆとりの中で、新採教員は
どう育っているか
新採教員育成・支援事業【後編】

■山形県の取組

ゆとりの中で、新採教員は
どう育っているか

新採教員育成・支援事業
【後編】

(執筆者)
教育ジャーナリスト 渡辺 研


前回に続き、新採育成・支援の山形県の取組について紹介する連載企画をお届けする。今回は後編。河北(かほく)町立谷地南部(やちなんぶ)小学校の取組と新採教員のインタビュー内容をご紹介します。


本Web 教育ジャーナル Vol.19-1(2023.10.16UP)記事で、山形県が今年度から実施している「新採教員育成・支援事業(小学校における大卒新採教員の採用年度の負担を軽減しながら育成する)」の仕組みを紹介した。小学校では「大卒新採教員には、初年度は単独で学級担任をもたせない。学級担任をもつ場合は大卒新採をサポートする支援員を配置する」というものだ。
「学級担任をもたせない」(Aタイプ)「学級担任をもつ場合は~」(Bタイプ)の二つの場合があり、Aタイプの初任者は「教科担任・学級副担任」として児童とかかわり、Bタイプの初任者は「学級担任」として学級経営にあたるが、何かの教科の授業は支援員が代わり、初任者に〝空き時間〟を確保する。
 導入初年度、しかもスタートしたばかりのため、まだ成果も課題も明らかになっておらず、配属校で改善や修正を加えながら取組を運用している状況だが、初任者本人や学校の様子を早く知りたくて、夏休みに入ってすぐに村山地区の2校を訪ねた。子どもたちとのかかわりは見ることができなかったが、落ち着いてお話を伺うことができた。
 両校で印象的だったのは、〝新人の先生〟に向ける〝先輩たち〟の温かなまなざしだった。

河北町立谷地南部小学校と白田 実教諭(Bタイプ) 
―― 空き時間をうまく使えるようになってきた

学校の体制

●100年も昔から……

 白田実教諭の勤務校は河北町立谷地南部小学校(小山田聡校長)。各学年1学級及び特別支援学級2学級。白田教諭は2年生の学級担任(児童24名)だ。
 こちらもまず、学校のプロフィールと併せて、体制を小山田校長に伺う。河北町は〝紅花の里〟。子どもたちがふるさとを思う「紅花学習」も行われている。
 学校は令和3年度に、創立時(大正時代)の教育理念「自由教育」「全人教育」と「令和の日本型学校教育」の共通した考えをもとに学校教育目標を変えた。
 当時の「自由教育」の考え方は「児童には余り干渉主義は取らず、児童の個性と自主性、意志の養成/教育の任務は自然の自己発展を補助すること。それは単なる受容でなく自発的なもの」で、「児童が自分の目で物を見、調べ、確かめて学習力を身に付け、好学心を養成していく取り組み」が行われていた(谷地南部小100年誌)。確かに古くて新しい。
 現在の学校教育目標は「未来をひらき、しなやかに生きる力を育む教育」。〝社会人基礎力〟を基盤にして、授業・学級経営・学校行事・校内研などすべてを横断して培うのが「一歩踏み出す力(主体性)」「チーム力(協働・対話)」「考え抜く力(解決・創造)」の3の資質・能力。具体的にはSUW(ステップアップワーク)個人総合探究学習・自分たちで進める授業・単元内自由進度学習・教科担任制など(内容は学校ホームページ参照)。これはいずれ、詳しくお伝えできると思う。
 一つだけ紹介する。3月になると、5年生が自分たちの修学旅行計画を立てる(総合「みんながツアーコンダクターになろう」)。目的・時間・費用を限定して、子どもたち自身がどこへ何をしに行きたいかを決める活動で、昨年度は山形県の日本海側に行ってサーフィンを体験した。今年度は福島県に行くことを決めた。力を合わせて考え、「これをやってみたい」と一歩、踏み出す力が培われる。

● 学校全体に少しゆとりができた

 小山田校長はこの取組を「新採の先生だけでなく、子どもにとってもほかの教員にとっても非常に有効に働いています」とおっしゃる。Bタイプであるため、新採教員の支援員(暫定再任用短時間勤務職員~19・5時間)が配置され、まず白田教諭に5時間の空き時間が確保された(図工と体育は支援員が授業)。加えて、国語と算数の各1時間の授業を教頭、教務主任がもち、その時間を初任研指導にあてる。校務分掌は、主任とペアで通学班担当のみ。
「だからといって、大学を出てすぐに教壇に立つわけですから、最初は大変でした」
 その上、近年はコロナ禍により学生時代に小学校や中学校での授業参観等の機会もかぎられていた。
「空き時間があるといっても、新採だと比べるものがないから、彼女自身からも『大変だ』という言葉がよく出ていました。それが7月くらいになってようやく、『時間的な余裕が心のゆとりにつながってきた』と言って、笑顔が見られるようになってきました」
 何が大変だったかは白田教諭に伺う。
「暫定再任用の先生がほかの教科担任もしているので、3、4年の先生にも週3時間くらいの空き時間ができました。5月になってから全職員にこの取組の説明をして、みんなで白田先生をバックアップしていこうと協力を求めたところ、先生方が自分の空き時間に自主的に彼女の授業を見に行って気づいたことを話してくれたり、相談を聞いてくれたりするようになりました」
 学校には「学びカフェ」という時間がある(専用の部屋がある)。呼び名から想像できるように、教師たちがゆったりした気持ちで、主体的な勉強会を行う時間だ。
 白田教諭も「学びカフェ」で先輩たちに相談を聞いてもらったり、励まされたりしていた。
「この取組を有効に使わせていただいて、学校全体に少しゆとりが生まれました。人がいると現場は変わります。この制度の成果をもとに加配や人的配置の必要性を国にも理解してほしいです」
 日本の学校全体の切実な願いだ。

白田実教諭のお話

● 明日の自分に託そう

 小学校の教師、学級担任としての仕事が始まる前、白田教諭はこんな期待と不安をもっていた。
「自分と出会った子どもたちが、どういうふうに育つのかなあという期待がありました。でも、私が本当にその子たちの成長を支えられるのかとか、1時間目から5時間目まで授業ができるのかとか、保護者の方に失礼のないようにしなければいけないとか……」
 どうも不安のほうが大きかった。現実の学級担任も、小山田校長の目にも「最初はすごく大変だった」と映った。
「まずもう、学校に慣れること自体が大変でした。すべてが本当に初めてなので、授業を考えるにしても何をするにしても、想像以上に大変だったなあって思います」
 大学の教室で学ぶことと、小学校の教室で実践することは、おそらく7割か8割かは違う。例外なく新採の教員はこれまでこのギャップにとまどってきたはずだ。
 白田教諭には2教科の授業からは外れ、5時間の空き時間があるとはいえ、当初はそれを余裕と感じるどころではなかった。
「最初のころは、空き時間には保護者の方に返す連絡帳を書くとか、そこに時間がかかりました」
 たとえ連絡帳でも保護者には気をつかう。
 加えて、新しい学級担任は子どもから〝試される〟。子どもたちが1年生だったときはベテランの先生。〝今度の先生はどう違うのだろう〟〝何をしたら叱られるのか〟と、探りを入れてくるらしい。
「保健室に行きたがるとか、授業に参加しないとか、立ち歩くとか。私の出方を見ているんだろうなと思いました。自分としては叱っているつもりなんですけど……、最初の頃は初任者指導の先生からも『もっと叱りなさい』と言われました」
 子どもの成長を支えたいと思って教師になったのに、子どもたちと一緒にいると疲れてしまっていた。
「正直、疲れていました。空き時間にはちょっとホッとしていたので、気が張っていたんだろうと思います。子どもたちの前でヘタなことは言えないと」
 子どもたちや保護者、同僚からも「白田先生」と呼ばれることの重圧や責任感が、無意識のうちにのしかかってきていたのかもしれない。
 でも、それが吹っきれた。
「慣れもありますし、〝明日の自分に託す〟というか、ある意味、割りきることを覚えてからは、少し楽になったと思います」
 具体的に聞きたい。
「授業をするにしても、それまでは前の日までにしっかり準備をしておかないと不安で、不安で仕方がなかったんです。だけど、疲れてしまったからもうこのへんでいいや、なんとかなるだろうと、そういうふうに考えられるようになってからは、精神的にはちょっとゆとりができたように思います」
〝明日の自分〟が少しずつ頼もしくなっている手応えを感じられたのかもしれない。

● 先輩の授業を見に行けるゆとり

 心にゆとりがもてたことで、空き時間の活用も能動的になってきた。
「授業準備に時間を使うことがメインになりました。それまでは放課後にやっていたのですが、空き時間に授業の準備ができるようになって、時間的にもゆとりができてきた感じがしています」
 18時半には学校を出ることができているそうだ。
「週に2日、ロング昼休みがあって、そこでも授業の準備はできるので、そういう日の空き時間にはほかの先生の授業を見に行くこともあります」
 通常、小学校教師にはこれができない。
 1年生の授業からは、担任が学級全体を見ながら、個別の児童への目配りや気配りをしている様子を見ることができた。
「視野の広さがすごいと思いました。私はそこまで余裕がないというか、全体が見えていないので、いつかはそうなりたいです」
 白田教諭の学級にも特別な支援を要する子は在籍している(個別支援のため町職員が配置されている)。今はもう、新採の学級だからといって例外ではない。
 5年生の学級の掲示物や参考図書など、教室の環境づくりを「マネしました」と言う。
 6年生の授業では、6年生の態度が目にとまった。
「先生の問いかけに口々に答えるんですけど、2年生とは違って、授業の展開によって静まるときはスッと静まるし、話さなきゃいけない場面ではワッとよく話すし、そういうメリハリを感じたので、高学年になるとこういう話の聞き方になるんだなあと思って、ちょっと感動しました」
 保障された5時間をどう使うかは、白田教諭が主体的に決定できる。疲れていれば休憩してもいい。その時間を新人教師である自分のために有効活用できるようになり、取組のねらいがしだいに生かされてきた。

● 子どもたちとのかかわりを語れる

 子どもたちの態度も、白田教諭にゆとりをもたらしてくれたようだ。
「子どもたちには、ありがたいと思うんですよ。授業中、私は失敗も多いのですが、それでも子どもたちは毎日、私に話しかけてくれて、慕ってくれます。すごくありがたくて、ほんとにいい子たちだと思います」
 もう試したりしない。児童も先生も一緒に1年間、学び、活動し、泣いたり笑ったり、たまに叱られたりして成長していく……。そういう学級集団に育てていくことが、簡単なことではないにせよ、学級担任の喜びなのかもしれない。
「ふだんのちょっとした時間に子どもたちが、お家であったこととか、休み時間にあった出来事を私に伝えてくれるというだけで、すごく信頼されている感じがして、うれしいなって思います。やんちゃな子もいて、授業中、叱ってしまうこともあるんですけど、それでも休み時間になると私に近寄ってきて自分のことをお話ししてくれるんです。それだけでもうれしいです」
 子どもたちも、疲れた先生よりも、先生の笑顔を見ていたい。
 こんな感動もあった。
「生活科でミニトマトを育てていました。無事に赤く実って、最初に収穫した1個を、ある男の子が私にプレゼントしてくれたんです。それはすごくうれしかった。たいしたことではないんですけど、でも、感動しました」
 疲弊してしまっている教師は、こんなふうに子どものことを語れないのだそうだ。疲れて、子どものことさえちゃんと見て語ることができなくては、教師にとっても子どもたちにとっても不幸だ。小山田校長がおっしゃった「子どもにも有効に」とは、こういうことなのかもしれない。1年間、小さな感動を積み重ねていってほしい。

白田教諭・小山田校長のお話

● 頑張りすぎず、できることを

 白田教諭は笑顔で夏休みを迎えた。インタビュー終了間際、同席していた小山田校長が
「ここまでよく頑張ったな」と声をかけた。
「ほかの先生方からも同じようなことを言われました。やっぱり、そういう言葉をいただくことに、改めて大変な仕事なのだと思いました」
 教師という仕事に少し慣れて余裕もでてきた白田教諭は、さて、どんな〝担任の先生〟になりたいのか。
「子どもたちのよさや可能性を引き出せる教師になりたいと思っています。子どもたちが、自分で考え、行動できる子どもたちになれるように、先生はあくまで背景というか。いつかはそういう立ち位置になりたいです」
 最初にふれたように谷地南部小自体がそういう子どもが育つように、SUWや自由進度学習などの教育活動を取り入れている。白田教諭が思い描く教師として成長するには、学べることが多い学校で教師生活をスタートできたように思う。
 白田教諭の趣味は音楽。ピアノやアルトサックスの演奏は趣味の域を超えている。
「私は、音楽は〝できる子〟の部類に入っているので、音楽が楽しくない、音楽は苦手という子どもの気持ちに寄り添いにくい側にいるのです。だから、授業で音楽を教えることが一番つらい。むしろ自分が苦手なものを教えるほうが、いいと思うんです」
 楯岡小の鹿野教諭も、理科が得意ではない子どもたちにもわかる授業ができるよう、自分自身も得意ではない理科の授業力をつけるために努力していた。
 2人ともすてきな先生になれそうだ。
 白田教諭が夏休み中の業務のために職員室に戻ったあと、小山田校長と話をした。
「今の時点では、彼女を職員みんなで大事に支えています。来年度は独り立ちしていかなければならないわけだし、彼女からもその話があったのですが、それはまだ気にしなくていいよと言っています。支援を受けているからと頑張りすぎず、自分らしくできることをやってくれればいいし、オフも大事にしてほしい。ただ、保護者にとっては、新採であっても大事な子どもを預けているわけですから、その責任の重さにも気づいてほしいと思っています」
 谷地南部小でも、本当に先輩たちのまなざしは温かかった。それは、教職員みんながただもう自分のことだけで精一杯ではなく、この取組が学校全体にもたらした少しの〝ゆとり〟にも関係しているのかもしれない。いずれ、その部分の検証もしてもらい、子どもの資質・能力の育成を担う教師たちを、もっと大切にする仕組みを全国規模で整えたい。
 実は、白田教諭と鹿野教諭は同じ大学で学び、今も連絡を取り合っている。A・Bの違いはあるが、2人とも、それぞれにこの取組を存分に生かして、十分な力を蓄えてほしい。今年度末、先輩みんなから「きみなら、大丈夫!」と言ってもらえるように。

【了】

次回の予定

3月18日(月)
幼保小の架け橋プログラム

※次回のタイトルは変更になることがあります。ご了承ください。