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SDGs×道徳

〈対談〉SDGs×多様性 ②

(2023年3月16日更新)

認定NPO法人ReBit 事務局長 中島 潤
一般社団法人グローバル教育推進プロジェクト(GiFT) 理事 木村大輔

誰も傷つかない、取り残さない授業の工夫

木村 中島さんに伺います。ReBitでは教材開発をされていますが、有効に使ってもらうためにどんなことを意識していますか?

中島 ありがとうございます。お話ししたいと思っていました。先生自身が多様な性について学ぶ機会がなかった可能性を考慮して、教材セットに先生向けのハンドブックを入れているところがポイントです。「一緒に学びましょう」から始めないと、授業によって誰かを傷つけてしまう恐れがあるからです。例えば、「この教室内にもLGBTQの人がいるかも」と安易に発言してしまうと、当事者探しが始まるかもしれません。また、よかれと思ってとある有名人の名前を出して話をすると、その人が築いたイメージやテーマに引っ張られて、大事な部分が抜け落ちてしまうことも考えられます。
ですから、まずは先生がLGBTQや多様な性について理解を深められるよう、ハンドブックを読んでいただきます。また、指導の手引きも用意し、授業中に子どもたちから差別的・否定的な発言があった場合の対応方法などを載せています。まず先生が学んで、リスクも知った上で使っていただけるよう工夫しています。
もう一つ、一度授業をして終わりではなく、学級・学校づくりや子どもたちとの信頼関係構築などを踏まえた長いスパンの中で、教材を使ってほしいという思いがあります。
そのために、今日から取り組めることのリストや、子どもからLGBTQなどに関する相談を受けた際の対応などもハンドブックに載せています。授業をきっかけに、継続して多様性の理解を深めていただける教材にしています。

木村 教材を作って終わりではなく、どのように使ってもらうかが重要なので、仕掛けや工夫について聞けてとても参考になります。私も普段気をつけていても配慮に欠ける言動が出てしまうことがあるので、注意すべき事項や対処法が用意されているのはとても助かります。
中島さんのお話を伺って、生徒や学生に答えのない問いに向き合うことばかりを促して、突き放すだけではいけないと思いました。

中島 正しい知識を教えるというのではなく、思考を働かせることを起点に、多様性に対してアプローチしている木村さんたちの取り組みは、とてもパワフルだと感じます。多様性を考えるというと、知識を学んだり、テーマについて知ったりすることと捉えられがちです。そうではなく、多様性って面白いと思う感覚や、自分の中にある多様性への気付きが生まれると、日常生活でも新しい視点で物事を見てみようとする熱量が育まれると思うのです。

多様性……まずは大人から

司会 多文化共生のために学校でできることについてお話しください。

木村 国際協力機構(JICA)事業において多文化共生の文化をつくるというテーマで研修を担当しています。授業で多文化共生を扱うだけでなく、学校全体でインクルーシブな組織をつくることが大切だとお伝えしています。
例えば、学校の掲示物を工夫したり、図書室に置く本を変えたりといった、多文化共生の推進に向けた、公平で多様性を尊重できる組織・環境づくりを提案しています。
シンガポールのような他民族国家であれば、子どもたちが自分たちの民族衣装を持ち寄って体験し合う授業が行われます。日本では子どもを教材にすることに対してリスクもありますが、互いの違いを体験する学びが前向きに行われることが望ましいのではないでしょうか。
Happy Schools Project(※2)というユネスコ・バンコク事務所主宰のプロジェクトでは、学校がハッピーな場所であるための要素を二十二項目挙げています。ポジティブに協力できる人がいるか、先生の仕事量は適切で公平か、温かく友好的な学習環境か、開放的で自然のある遊び場が確保されているかなど。そのうちの一つに、多様性と違いの尊重も挙げられていますが、多文化共生を授業で扱うことは、あくまで一つの方法です。学校全体として取り組みをデザインすることが重要だと考えています。

中島 学校全体で文化をつくるというポイントは、まさに多様な性に関するインクルーシブネスについても同じことが言えます。
LGBTQの授業をしたとしても、毎日の学校生活が「女子なんだから……」「男子は○○しなさい」と言われる環境であれば、授業で学んだことは建前だと捉えられたり、ダブルスタンダードになってしんどくなってしまったりします。学校全体としてどのようにインクルーシブな環境をつくるかが大切というお話には非常に共感します。

司会 最後に、「SDGs×多様性」について今後の展望をお聞かせください。

木村 日本社会は多様性に対してどれくらい柔軟に対応できるかというと、実際なかなか厳しいのは否めません。男女格差はまだ解消されていませんし、年功序列の文化も根強くあるのが現状です。そんな中でSDGsのような変革ができるかというと難しいと思います。
ですから、教材を提供する、研修を行うといった現場レベルでの推進はもちろんですが、組織構造を変えるための仕掛けを長期的に行っていくことが必要だと考えています。先生方のキャリアの多様性に応えるような制度設計も望まれます。学校内の人材が多様になるよう、採用やキャリアアップの仕組みなどをアップデートしていく必要があるのではないでしょうか。価値観の変容には痛みが伴いますが、自分の価値観がアップデートされている成長痛だと思っていただきたいです。

中島 共感する部分がたくさんあります。教育について考えるとき、「子どもに対してどうするかでなく、私たち大人がどうするかを考えましょう」と伝えたいです。大人自身が社会や自分の在り方を見直すことが、結果として子どもの生活を変え、子どもたちが育つ環境を変えていくことになると思います。
学校へ訪問した際に「子どもたちの多様性は大切にされていますが、職員室ではどうですか?」というお話をさせていただきます。子どもは大人同士のコミュニケーションを観察し、学んでいます。大人が多様性を大事にしている姿を見せることで、子どもたちのロールモデルになれると思います。
アライを育てるために、マイノリティの課題を知ること、困難に向き合っている人を知ることは大切ですが、同じくらい大切なのは、その困難に向けてすでに活動しているアライに出会うことです。「自分もこんな大人になりたい」というモデルがいると、行動しやすくなると思います。ですから、まずは大人のwell-beingが大切ですし、大人同士が多様性を尊重しているということが非常に大事だと思います。
アライを育てる役割は、学校や先生だけが担うものではありません。学校を取り巻く周りの大人たちが、自分にできることを考える必要があります。学用品メーカーが商品の男女分けを見直したり、ひらがなでしか名前入れできなかったものをアルファベットでも入れられるようにしたりすることが、環境を変え、価値観を変えることにつながるかもしれません。

木村 社会全体で学び続ける必要がありますね。私たちは学校や先生にしてもらって当たり前という意識を変えなければいけませんし、学校には地域の人々や我々のような外部機関をもっと活用していただきたいと思っています。

取材・文/岡本侑子

※2 Happy Schools Project
 学校での幸福感を高めることを目的に、2014年ユネスコ・バンコク事務所より発足したプロジェクト。

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