〈対談〉SDGs×キャリア教育 ②
(2023年2月28日更新)
株式会社植松電機 代表取締役 植松 努
一般社団法人グローバル教育推進プロジェクト(GiFT) 理事 木村大輔
成長を感じたとき、自信が生まれる
木村 「ロケットを造る」と聞くと難しく感じますが、意外と簡単に造れるものなのでしょうか?
植松 はい。ロケットを発射させる原理はそれほど難しくありません。教室では、子どもたちに講話をして、その後に一人一本ずつロケットを造って打ち上げます。子どもたちの感想文には、「宇宙に興味を持ちました」「ロケットに興味を持ちました」ではなく、「夢をあきらめません」と書かれてあります。それがとてもうれしい。
作業中は、みんなワクワクしています。僕がまず一本打ち上げて見せると、子どもたちは大興奮。時速二百キロ程度で、上空百メートルくらいまでは飛びます。続いて、子どもが自分で造ったロケットを打ち上げる番になりますが、なぜか急に怖くなる。「自分のロケットはきっとダメ(飛ばない)だろう」と。さっきまで「飛ばしたい!」と目を輝かせていたのに、発射ボタンを押す手が震えたり、ボタンが押せなかったりする子が出てきます。でも、ロケットは飛びます。ここで大きな変化が起きる! みんな優しくなるのです。
多くの子どもたちは、他人と比べることで自信を身につけてきています。順位が上がれば、勝負に勝てば自信が増える。勝ち負けで判断する大人が世の中に多すぎます。勝つとは誰かが負けること。順位が上がれば誰かが下がる。負けた人の自信はどうなるでしょう。
一方、ロケットの打ち上げは、「無理だ」と思っていたことが「できた!」に変わる絶好の機会です。幼いころの、立った、歩いたといった小さな自信と同じもの。これこそが本当の自信なのだと思います。子どもたちに自信を取り戻してほしくてロケット教室を開いています。
褒めずに、感謝する
木村 子どもたちに寄り添うときに、どんなことを意識していますか?
植松 基本的には褒めません。褒めるという行為は評価だと思うからです。僕は感謝を心がけます。例えば、ロケットの不具合を見つけて「これは大丈夫?」と聞いてきた子には、「打ち上げ前に見つけてくれてありがとう」と言います。部品を斜めに接着してしまった子に、僕が接着を外しながら「向きは斜めだけどこの接着は完璧だ。このくっつき方ならバッチリだ」と言うと安心します。会社のみんなに接するときも同じです。「こんなことができるようになっちゃったの!」「助かるよ。ありがとう」と感謝の言葉で伝えるようにしています。
木村 素晴らしいアプローチでとても勉強になります。最近は自信がないだけでなく、最初からあきらめてしまう子どもたちも多い気がします。そんな子の自信を育むためには、どんなことが必要だと考えますか?
植松 ロケット教室は基本的に学校単位で引き受けます。理由は、来たい人、関心がある人だけを対象にすると、前向きな人しか来ないからです。やりたくないと思っている子にこそ来てほしいから学校単位なのです。
そうすると、必ずつらそうにしている子を見かけます。感想文には「実は(自分は)死のうと思っていました」と書くような子が各学校に必ず何人かいます。僕はなぜか、そんな子を見つけてしまうようなのです。その時僕が最も心がけるのは「頼る」ということ。お願いして頼って感謝すると、その子の中に「人から(自分が)必要とされた」と、自信につながる記憶が残るように思うからです。些細なことでいいのです。
四年間、学校で一言もしゃべったことのなかった子が、ロケット教室に参加して話せるようになったこともあります。どんな変化が起きたのか僕には分かりませんが、生きていくために自信は必要です。子どもたちが自信を得てくれていることがとてもうれしいです。
木村 SDGsに関する教育活動中に生徒から、「感謝の気持ちが何かをしようとする原動力になる」という話が出ました。誰かに何かしてもらった、認めてもらった、助けてもらえたことから相手への感謝が生まれ、何かしたいと思ったそうです。感謝から始まる学びがあることを実感しました。
未来を明るく想像するために
司会 話は変わりますが、植松電機の社員へのキャリア支援はどんなことをされていますか?
植松 当社には部署のくくりと役職がありません。僕は一応、社長をやっていますが、日本では経営者が連帯保証人にならなければならないのでやむをえないのです。また、上から下への命令系統も存在しません。面白いプロジェクトがきたらやりたい人を募り、手を挙げた人が担当して、みんなで助け合います。当社にあるのは「相談・お願い・感謝」です。これで十分に機能します。
昇給は、生活に関わるお金の変動に対応します。結婚や子どもの誕生、進学、親の介護などがある時期は、必要なお金を増やさなければいけませんし、お金がかかることが無くなれば減ってもいいという感じです。これが会社のみんなにとっては悪くないようです。
しかも、当社には自己裁量権しかありません。僕は、自己裁量と幸せは比例していると考えて、この制度を採用していますが、満足度は高いように感じます。当社の目標稼働率は三十パーセント。残り七十パーセントは今までやったことがないことをやる時間にしています。だから新規プロジェクトがたくさん入ります。当社はロケットの会社だと思われていますが、人工衛星も造っていますし、無重力の研究もしています。ほかにも、医大と組んで医療機器を作ったり、冒険家と協力して南極探検用のソリを作ったりもします。
いろいろなことに挑むのは、うちの会社の人たちがロケットを造ったからなのです。自分が関わったロケットが猛烈な勢いで飛ぶのを見た時、彼らの心の中で「できなかったことができた」という自信が生まれ、新しいことに挑戦しようという意欲を生んだのだと思います。
木村 主体的に考える力の育成を考えたときに、自己決定は非常に重要です。自分で考えて実行できる、新しいことに挑戦できる組織づくりは、学級経営にも生かせると思いました。
一方で、シンガポールでは挑戦を促しながら、同時にリスクを計算する方法を学ばせるところがあります。挑戦することで生じる影響を多角的に検討することで、リスクはリスクではなくなるという考え方です。ここでは、失敗はリスクを計算するための貴重なデータです。クラスで失敗をした子がいたら、「参考になる貴重なデータを生んでくれたね。ありがとう」という感謝に変えれば、子どもたちにとって挑戦は恐れではなく前向きなものになると思います。
植松 失敗が罪悪だというような考え方は世の中から無くしたいです。すべては経験。経験を重ねることを恐れず挑むことで、新しい世界が広がり自信が増え、未来を明るく想像できるようになります。そこから「(自分は)どんな生き方をしたいか?」という問いに対して積極的に考えられるようになると思います。
取材・文/岡本侑子