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With Sports 「スポーツと生きる人」から、スポーツの今とこれからを知る

with Sports 平井美樹さん(放送・会議通訳者/スポーツ通訳者)

(2023年6月5日更新)

「スポーツと生きる人」から、スポーツの今とこれからを知る

平井 美樹 さん

平井美樹さんは、テレビ局のニュース番組やビジネス交渉の会議などで活躍する通訳者。スポーツでは大相撲の英語放送や、オリンピック、サッカーやラグビーのワールドカップなどに携わる他、日本スケート連盟の通訳者も務める。時には選手に寄り添い、気持ちを代弁する役割もこなす平井さんに、仕事の奥深さややりがいを聞いた。【取材・文/荒木 美晴】

 スポーツの現場における平井さんの活動内容は、とにかく幅広い。大会で選手の通訳をする以外にも、オリンピック東京2020大会では要人の専属通訳を担当したり、ファンミーティングに同席したり。テレビ局での仕事では、選手のインタビューを取るために、スタッフと一緒にケーブルやマイクを持って駆け回ることも珍しくない。
 日本スケート連盟の通訳も務める。フィギュアスケートの場合は、記者会見やキスアンドクライ(採点結果を待つスペース)でのコメント通訳の他、選手のメディアトレーニングの講師も担う。外国人コーチや振付師の指導に気後れするジュニア世代の選手をフォローするために、自身もスケート靴を履き、リンクの上で通訳したこともあるそうだ。そして、国際スケート連盟の総会では、日本スケート連盟から派遣されて日本の代表者としてスピーチし、大きな注目を集めた。実は、通訳業界に『スポーツ通訳』という定義はないと言い、「もう『なんでも屋』ですね」と平井さんは笑う。  インタビューが苦手で言葉足らずな選手もいれば、故事などを引用してコメントする選手もいる。テレビの生放送では「残り10秒」で選手の声をまとめる、といった瞬発力も求められる。そのような状況でも、平井さんは選手がどういう意図でその言葉を発したのかを瞬時に判断し、伝えていく。それは意訳ではなく、「語学的に穴が開いているところを英語で埋めてあげるイメージ」だと言い、競技を深く理解し、選手をよく知っていなければできないことだ。まさに「言葉の架け橋」であるプロの技だ。

競技後の記者会見の通訳中。記事にする記者のことも考え言葉を選ぶ。

 ただ、いくら選手と距離が近くてもファンの立場であってはいけない。「発言者との信頼関係で成り立つ仕事です。通訳に個人バイアスはかけないし、そういう心遣いは逆にやってはいけないことです」と、プロとしての矜持を説く。
 幼少期をカナダで過ごした平井さん。冬は自宅の裏庭に天然のスケートリンクを作り、そこで近所の子どもたちと遊ぶことがコミュニケーションの一つだったそうだ。帰国後は文化や環境の違いに戸惑う中、町のアイスアリーナを訪れ、ただ氷の上を滑ることが癒しだったと振り返る。
 通訳者の道を歩み始めたのは、大学時代にテレビ局でアメリカのスポーツ専門番組を翻訳するアルバイトをしたことがきっかけだ。そこから政治・経済、安全保障、エンタメなど、さまざまなジャンルに活躍の場を広げていった。 しかし、昨今は人工知能開発が進み、他言語の学習やコミュニケーションは自動翻訳機によって可能になり、「通訳者は、AIにとって代わられる職業である」とも言われる。危機感があるという平井さんは、こう話す。「私たちが生き延びる可能性があるとしたら、発言者の心や感情を読むこと、日本語独特の行間を読むこと、でしょうか。一言一句を訳すという面からは逸脱しているから、怖いし、失敗もしますが、通訳者としてはそこが“攻める”ところかもしれません。だって、言葉は生き物ですからね」

最近は海外とのオンライン中継も多く、寝不足と戦っているそう。

 多方面で経験を積んできた平井さんが今、日本のスポーツ界の未来のために力を入れようとしていることがある。それは、「日本の外交力を高めるサポートをする」ことだ。  残念ながらスポーツ界においても、国益や政治的なことが絡み、各競技で日本人選手に不利と思われるルール改正がしばしば起こる。せっかく話し合いの場が設けられても、大事な1票を持っているにもかかわらず、言語の壁の問題で意見ができなかったり、語学力があっても発言しなかったりと、日本人の控えめな性格が悪い方向に働いてしまうことが多いのが現状だ。「交渉事って、生身の人間の果たし合いで、スポーツみたいだし、勝負どころがあるわけです」と平井さん。「だからこそ、通訳者として力添えし、間違っていると思うことは、ちゃんと手を挙げて阻止したい。そういう環境を、選手のために作っていきたいですね」


PROFILE ● ひらい みき
学生時代にスポーツニュースを翻訳するアルバイトから通訳の道に入る。NHKのMLB、NBA、NFL放送の通訳、広告代理店の社内通訳を経て、現在はニュース、国際関係、安全保障、企業買収からエンタメ、大相撲の英語放送までをこなす放送・会議通訳者。オリンピック、サッカーやラグビーのワールドカップにも関わる他、数多くのフィギュアスケートの大会で通訳を務める。経営者やアスリートのメッセージやイメージ戦略立案、メディアトレーニングも手がける。