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With Sports 「スポーツと生きる人」から、スポーツの今とこれからを知る

with Sports 田中ウルヴェ京さん (スポーツ心理学者(博士)/オリンピックメダリスト)

(2023年9月28日更新)

「スポーツと生きる人」から、スポーツの今とこれからを知る

田中ウルヴェ京 さん

勝負のために極限まで心身をたたき上げるアスリート。彼らが本番で能力を発揮できるようメンタル面をサポートするのが、スポーツ心理学の専門家だ。プロ・アマチュアを問わず、多くの選手に携わってきた田中ウルヴェ京さんに、アスリートとメンタルヘルスの関係や、感情をコントロールする力を高める重要性などについて聞いた。【取材・文/荒木 美晴】


 経営者やアーティスト、アスリートらのメンタルヘルス・メンタルトレーニングのコンサルティングを行う田中さん。スポーツ界では、ボクシングの村田諒太氏や車いすバスケットボール男子日本代表など、多くの競技のメダリストをサポートしてきた。
 アスリートが自信をみなぎらせ、周囲やライバルに対しても堂々とした姿を見せつけるのは必要なことだ。一方で、「身体をこれだけ鍛えたのだから、メンタルも鍛えられている」と思い込んだり、弱いことを自覚していても「誰にも悟られてはいけない」と心に蓋をしていたりする場合がある。田中さんによれば、トップアスリートほどこの「特有の心理課題」を抱える傾向があるといい、「本来のメンタルの強さとは、“しなやかさ”です。まずは自分の内面に山や谷があることに“気づく”ことが大事です」と話す。
 元オリンピック選手ゆえに、アスリートの気持ちがわかると思われがちだが、「それは違う。人によって悩みは異なるものだから」と言い切る。「たとえば、選手村って大変じゃないですかと言われても、その人にとって選手村の何がどう大変だったのか私は知らない。あえて共感はせず、その人から話を引き出すようにしています」。 相談者の言葉をホワイトボードに書き出し、悩みを可視化することもポイントだ。頭が整理され、言葉の紐づけをしていくと、相談者自らが回答のヒントを探るようになるそうだ。

車いすバスケットボール男子日本代表選手への講義風景

 「トップアスリートは、たとえフィジカルの弱点を抱えていても、それでも勝ちたいというように、解決できないことを背負いながら何十年もやってきている。そういう覚悟を持っている人は、メンタルの問題解決が目的ではないんです。選手の『どうしたらよいか』を『やることが見えた』に引きあげることを大切にしたいですね」
 10歳のころ、作文に「歴史に残る人物になりたい」と書き、いつも「どうすればなれるか」を考えていたという田中さん。現役時代も体格で勝る外国勢に勝つためにひたすら戦略を練り、心を動かし続けていた。しかし、現役引退後、外国で代表コーチのアシスタントをした際に、選手から「ミヤコはなぜこの練習メニューを組むのか」「なぜ今この立ち泳ぎをするのか」と問われて答えに詰まり、「実は“なぜ”を考えていなかった自分」に気づいた。その経験をきっかけにアメリカの大学院に進み、スポーツ心理学の研究をスタート。知識と技術を学ぶにつれ、「選手時代のあの悩みや感情は、スポーツ心理学のこの理論だったんだ」とストンと腑に落ち、「オセロの駒をひとつずつ白にしていく」ように、理解を深めることができたそうだ。 教育現場の講演会に呼ばれる機会も多い。テーマは教員のメンタルヘルスやリーダーシップ、子どもにやる気を起こさせる方法など。「やる気の種類の説明をしたり、心理学ですでに明らかになっている知識をお伝えしたりするだけでも先生方は変わります。心の健康や維持増進の在り方を、広く伝えていければ」と、田中さんは話す。

1986年日本選手権水泳競技大会シンクロナイズドスイミング(当時)・ソロ優勝


PROFILE ● たなか うるゔぇ みやこ
1988年、ソウルオリンピック、シンクロナイズドスイミング・デュエット銅メダリスト。日・米・仏の代表チームのコーチを10年間歴任。米国大学院修士修了(スポーツ心理学)。慶應義塾大学大学院博士課程にて博士号取得(システムデザイン・マネジメント学)。トップアスリート、経営者、医師、アーティスト等の心理コンサルティングに携わる。慶應義塾大学特任准教授、日本スポーツ心理学会認定メンタルトレーニング上級指導士。IOCマーケティング委員。