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教育ジャーナル Vol.15-3

職員室改造計画20

教師が、自分の働き方をデザインしていけるように 前編
静岡県・業務改善「夢」コーディネーター

職員室改造計画20

教師が、自分の働き方をデザインしていけるように 前編
静岡県・業務改善「夢」コーディネーター

渡辺 研 教育ジャーナリスト

授業まで含めた教師の業務を本当に改善するのなら、もはや学校の在り方そのものから考え直していかなければならない。学校の努力だけでできることではない。
それでも、あえて、学校レベルでも可能な“働き方の改善” を取りあげる。
定時退勤が当たり前になるわけではない。でも、多忙感・負担感から少し解放される、そんな取組だ。

伊豆の国市立韮山中学校のケース
――具体策を提案するコーディネーター

教師が幸せなら、生徒も幸せ

 伊豆の国市は、テレビドラマで注目を浴びた北条義時ゆかりの地だ。韮山中学校(宮崎克久校長)の徒歩圏内(遠足くらいの距離)にも関係する史跡が点在する。
 そんな韮山中学校の「夢」コーディネーター(以下C)は野田直宏教諭。キャリア20年の中堅で、教務主任を務めている。今年度、市内の中学校から異動で来られたばかり。それには少し驚いたが、むしろ現状を改善するための条件を備えているともいえる。「この学校ではなぜ、こういうやり方をするの?」という視点はCには生きるはずだ。宮崎校長からも「異動(で来られた先生)は学校に新しい風を吹き込んでくれる」という言葉をもらっている。
 野田教諭は前任校でも業務改善に取り組んできた。
「ブラックな職場だとか、志願者が減っているとか言われる学校の将来を考えたとき、じゃあ、自分たちにはどんなことができるのかを、前の学校でも考えてきました。韮山中学校が取組の指定校だったので、さらに考え、取り組む機会をいただきました」
 野田教諭はこの課題をこのように捉えていた。
「私はよく“多忙と多忙感は違う”と言っています。私は非常に多忙です。でも、それで“困っている感”はない。多忙でも、仕事のやり方や職員室の雰囲気によって、自分が感じる多忙感は変わってきます。仕事に組織的に取り組むことで“感”の部分が解消できるのではないか。そう考えて、みんなでやっていこうよという姿勢で取り組んでいます」
 これが、具体的な取組のベースの考え方になっている。
 ただ、たとえ的確な視点でも、学校は続けてきたやり方を変えることには慎重だ。
「私が一人で“こうやりましょう”と言っても、どうしようもないので、具体的なプランを考えて、こういう冊子を職員に配布しました」
 と言って、見せてもらったのが「NGOプロジェクト~韮中業務改善推進『夢』プロジェクト」という印刷物。NGOとはN(韮中)・G(業務改善)・O(推し)の略。「推し」は生徒には通じそうだが。
「あえてそういう言葉を使って、『それって、何?』というところから、明るくやってみましょうと投げかけてスタートしました」
 そこで目指すのは「教師も子どももウエルビーイングを感じられる学校づくり」。
「教師が幸せなら、子どもも幸せになるだろうという視点から業務改善を進めようと、そのような目標を掲げました」
 教師がいつも疲れた顔をしていたのでは、生徒たちだって幸せを感じられない。
 そして、「この学校ではこんなことができるのではないか」と考えて3つの取組を提案した。それが①ペーパーレスの推進、②業務のスリム化(スクラップ&ビルド)、③教職員の意識改革。詳しくは後で説明する。

時間の使い方を考えましょう

 韮山中学校が県の指定を受けたのは令和3年度。C(前任者)を中心に、すでに次のような業務改善に取り組んでいた。

部活動の時間の調整、下校時間の繰り上げ/GW(グループウエア)活用による打ち合わせ時間の短縮/テストの採点時間の確保/朝の電話と放課後の受取時間/(他に教職員の個々の実践)
 夏休み前、野田教諭はさらに詳細な実態の把握と、昨年度から今年度ここまでの取組の検証のため教職員にアンケートを取った。そこでは時間的な変化が認められた。

教職員(全員分)の超過勤務時間の比較(R3→R4)=(5月)1656時間→1499時間(一人当たり約5時間減)/(6月)2242時間→1592時間(同約21時間減)
 この変化には、次の理由が挙げられた。

【肯定的】
 計画的に仕事を進めている/生徒の登校時間を遅くした/部活動の時間の短縮(下校時間の繰り上げ)/昨年より皆さんが帰る時間が早くなっているので、全体が早めに帰る雰囲気になっているのがよい/会議が勤務時間内に終わることが多くなった/コロナ対応による行事の変更等が落ち着いた/(新しい)授業のやり方が定着してきた
【否定的】
 土日に仕事をしていることが多くなった気がする/仕事を家に持ち帰っている

 実施した取組との相関は想像がつくが、登校時間と部活動について補足する。
 これまで生徒たちは7時30分から登校可能だった(始業は8時)。それを7時40分に遅らせ、同時に指導を「7時50分までに登校しなさい」ではなく「8時の活動開始に間に合うように登校しなさい」に改めた(昨年度は家庭、地域に説明、今年度から実施)。
 部活動は、活動の終了を昨年度より15分早めた(下校時間を15分繰り上げ。下校時間そのものは季節によって変動)。
「部活動は何時に終了というのではなく、“17時15分に生徒全員を下校させるには活動をどう運営すればいいかを考えてください”という発想です。部活動の終了時間も決めてほしいという声もありましたが、あえて各々で考えていただくことにしました。最初のうちは時間を過ぎてもまだ生徒がいる状況もあり、いろいろな話も出ました。でも、とにかくここは厳守。活動を5分長くやりたければ、始まりや準備を工夫して、時間の使い方を考えましょうということにしました」
 規制ではなく、時間の管理をそれぞれの部で主体的に考えてもらう。生徒も一緒に効率的な練習方法を工夫する。登校時間同様、生徒にとってもそのほうが教育的だ。
 結果的に、実質的な活動時間は5分程度しか短くなっていないし、練習の質が下がった、弱くなったということもないそうだ。
 県の業務改革プランの第一に挙げられている「教職員が主体的に取り組む姿勢」も、こんなところから醸成されていく。

取り組めば成果も見えてくる

 さらにアンケート結果を見ていく(令和3年度と4年度1学期の比較)。成果あり、課題ありだが、実行した取組の検証と教職員の働き方の把握が、新任Cの仕事の始まりだ。
「勤務時間や退勤時刻を意識して計画的に仕事を進めている」は、あてはまる+ややあてはまる(以下、肯定的回答)が68%→88%、「自分が取り組む業務の見直しを意識した」が肯定的回答39%→72%とそれぞれ向上。少なくとも意識されるようになった。
「校務の整理・削減や業務改善に関する提案や取組を行った」は、ややあてはまる21%→32%、あてはまらない39%→20%と、課題に主体的に取り組む姿勢も見えてきた。
 その結果、「昨年度を振り返って、仕事が忙しいと感じている」は、否定的回答(感じていない)が8%→29%と、忙しいと感じなくなった教職員が増えてきた。
「家に持ち帰って仕事をすることがある」は、「毎日」は29%→12%と減ったものの、「期間によって」は21%→40%と増加。何が何でも定時退勤ありきで(=残業厳禁)、その一方でこうなるのなら働き方改革にならない。でも、仕事の内容によっては「今日は早めに帰って、続きはリラックスして家でやろう」という働き方もある。他業種の人たちが、家では一切仕事をしないわけでもない。“持ち帰らざるを得ない”のでなければ、ここが「感」の部分なのかもしれない。
 成果とともに、課題もみえてきた。「生徒と向き合う時間や授業準備の時間は増えていると感じるか」は、肯定的回答が69 %→52%と後退。教師の本来の仕事が充実してきたという実感はまだ足りない。業務は少し整理されても、現実にはまだまだ教師の本務を圧迫している。
「多忙感をもつときはどのくらいあるか」(今年度について)は、今も52%の教職員が「ほぼ毎日」という(一定の期間が24%)。
 ここからCはどう考え、どう動くのか。

視点は「生徒がどう考えるか」

 アンケート結果(超勤時間)を見た教職員からは「昨年とそんなに変わってないと思っていたのだけど」という声があったそうだ。
「職場全体の環境が、改善を推し進めていこうという雰囲気になると、個人個人の頭のどこかにその意識が生まれるのだと思います。自分としては、教員がその意識をもつことが第1弾だと考えました」
 その結果、無意識のうちに自分の仕事の仕方を工夫するようになれば、「改善しなければ」「早く帰らなければ」といったある種の負担感や圧迫感も薄れる。
 改めて今年度からの取組をみる。

①ペーパーレスの推進=校内外の文書をGWまたはマ・メール(メール連絡網)等の電子媒体で送信、電子黒板の活用
②業務のスリム化=スクラップ&ビルドで各分掌によるボトムアップで業務見直し
③教職員の意識改革=チーム体制(多忙感を感じない職場)とワークライフシナジー(仕事と私生活を充実させて相乗効果を生み出す)で業務処理を向上


 アイキャッチのように“現代語”が登場。
 ①は説明不要だろう。「まずはやってみましょう」と始めて急速に進んでいる。世界の潮流だし、ICT環境が整備された今、学校が取り残されるわけにはいかない。いまだに紙にこだわっていたら、生徒に叱られる。
 ②について、野田教諭は検討されている一例を挙げた。
「学校で長く続けてきたことがあるのですが、“それは本当に生徒が成長するために必要なのか?”という視点で考えているところです。伝統ではあっても、今の生徒たちはそれをどこまで大切だと思っているのか。ただなくしてしまうのではなく、あくまで改善なので、そこに費やしていた手間ひまを、同じような価値を得られるものに変えられないか、そういう視点で見ていっています」
 数十年も続けてきた活動には、それが本来もつ意義が薄れてきたのもあるだろう。それでも、生徒以上に教職員のほうが、頑なに“伝統”を守ろうとしているのではないか。
「教師には“自分がこうやりたいから”という思いもあるのですよ。でも“評価指標は子ども”です。先生方とのかかわりは、野田がうまくやってくれています」(宮崎校長)
「校長からは“子ども主体に考えよう”と言ってもらっています。議論も“生徒がどう考えますかね”という視点で進めています」
 教師が納得せざるを得ない視点だ。
 ただ、「子どもたちのために」が積み重なって“やりたいこと”が増え続け、今に至っていることも事実。見直しには“同じ価値を得られるもっと効率的な方法(労力対効果)”という業務改善の視点ももっておきたい。
“スクラップ”できそうなことは、どの学校にもまだまだありそうだ。

根をつめると多忙感だけが残る

 アンケート結果を見るかぎりは、1学期の時点では「多忙感を感じない働き方」はまだ実感されていない。このことでも野田教諭はさまざまな提案をしている。
 ③のチーム体制とワークライフシナジーを意識した取組をピックアップしてみる。
●私生活の充実、家に仕事を持ち帰らない。
●分掌で分担し、負担を分け合う。仕事の精選と割り振りで退勤時間を早くする。
●協力して業務に取り組み、目標・目的を考えて効率よく行う。
●先生方がとても熱心なのはすばらしいことだと感じるが、かぎられた時間の中で最善を尽くすことを意識することも大切。
 そしてそこには、こんなメッセージも添えられている。
「『多忙感』は、同じ仕事をしても人それぞれで感じ方は異なります。『多忙感』を低減させるために、韮中の職場の雰囲気、協力体制、コミュニケーションを高めて、『誰もが仕事のしやすい職場』をつくる意識を高めていきたいと思います」
 生徒が15分早く帰ったから、じゃあ自分たちも15分早く帰ろう……とはならないのが教師の“習性”だ。その15分間を生徒の情報交換や何かの仕事で埋めてしまう。
「一歩離れる姿勢も大事だと思います。それがワークライフシナジー。教員は子どものこと、学校のことが常に頭にあるのです。でも、根をつめて考えるのとリラックスして考えるのとでは、見えるものが違います。リラックスした状態だと思わぬ発想も浮かびます。根をつめたままだと多忙感しか残りません」
「難しいことではなく、“休日は遊ぼうよ”ということです」と野田教諭は言う。何かにつけて「教師はまじめだから」という枕詞がつくが、休日を遊んで過ごしたからといって“まじめ”が損なわれることはない。

必要なところには時間をかける

 アンケートに表れたもう一つの課題が、「生徒と向き合う時間」と「授業準備の時間」を確保すること。これこそが、教師の本務であり、ここを充実させるために心身や時間にゆとりを生み出すのが業務改善の目的だ。ここでも3つの提案がされている。
 韮山中学校には若い教職員が多い。“チーム韮中”46名のスタッフ中、20代が8名。うち2名は今年度の新規採用者。同じ仕事をしていても、若い教師には多忙感や負担感はより大きいはずだ。
 加えて、一部の教科以外、いわゆる“タテもち”。1学年は5学級だが、例えば、野田教諭(社会科)は1年生2クラス、2年生1クラス、3年生1クラスで授業を担当する(業務改善配置による教師も社会科)。
「意図的、数的にそうしています。例えば、20代の3年目の先生がある学年を一人で受けもつのはマイナスの要素です。メリット、デメリット両方ありますが、本校では“タテもち”にしています」(宮崎校長)
 そんな背景も含む提案だ。

【生徒と向き合う時間の増加と授業準備を充実させるための改善案】
① 複数の教員で生徒の様子を気にかけ、声かけを多くする

(問題行動等の未然防止のために。事が起きたときの事後処理には多大な労力がかかる。報告・連絡・相談に加えて、その後の様子を確認。教師の連携と組織体制を高める)

② 教科内での連携を高め、授業準備と授業の質を上げる
(教科内で、ワークシートやロイロノートのデータ、「問いを生み出す発問」、「学びをつなぐ」など効果的な授業方法の共有。よい授業をつくれれば、生徒にとってプラス)

③ 業務効率と資質向上のためのNTT(OJT)を実施
(NTTは「韮中・ティーチャー・トレーニング」。「ICT機器操作、電子黒板」「わかりやすい授業づくり」「仕事の優先順位と効率化」「行事のつくり方」等のテーマを予定)

 少し説明していただく。まず①。「目立つ子には目が向きますが、もっと一人ひとりに目が向くよう、アンテナを高くしようということです。生徒指導も問題行動だけではないので。特に重点を置いて始めたところですが、順調に進んでいます」
 ②は“タテもち”を生かしている。
「教科ごとに若い教員に、例えば“この授業では、こうやると子どもたちが主体的に学べるよ”というヒントを、5分でも、10分でもいいので話していきましょうと言っています。あるいは、PCの共有フォルダ―にワークシートや資料を入れておければいいと思っています。それを利用すれば、十分な授業準備の時間が確保できない中でも、少しでも子どもに力をつける授業を行うことができます」
 かけるべきところに時間をかければ、若手の成長もきっと早い。提案の実施に当たって教師間をつなぐのもCの仕事。
「③は、2学期の始業式の後に、若い先生十数人が集まって『子どもとのかかわり』について座談会ふうに話し合いました。少しでも資質向上の機会になったかと思います」
 かぎられた時間の中で、あれもこれもやらなければならない学校の業務では、何を優先してどこに時間をかけるかが最も重要になる。その判断もCの重要な役割だ。

笑顔で「やってみましょう」と

 学校では、専従のメンバーによるプロジェクトチームを編成することができない。メンバーは学級経営や授業とかけもちで、その合間を縫うようにして会議。それがまた、多忙の原因になってきた。
 その状況の中にCという役割を担う教師が置かれた。
 野田教諭はCに専念できるわけではないが、話を伺っていると、いちいち会議を招集し、ゼロから「皆さん、どうしましょう」と具体策を考えるやり方ではない。少し広い視野で学校の実態を把握した上で「こうしませんか?」と具体案を提案するので、実行までにスピード感がある。
「先生方にはそれぞれ“自分はこうしたい”というやり方があるので、たとえ効率は悪くても、それを変えること自体が負担になります。そこで大事なのは“やってみましょう”と笑顔で言って、“わかった、やってみるよ”と、一つずつ実行してもらいながら、全体にそういう雰囲気をつくることでした」
 明るく笑顔で同僚に実行を促す。重要なキーワードかもしれない。
 業務改善を推進するNGO委員(校長、教頭、教務主任、共同学校事務室長、指導部長、学年主任)は、おのおのの立場でCをバックアップしている。
 野田教諭自身も、キャリアを考えると“自分はこうやってきた。それを変えるのは難しい世代”だ。そこからどうやってCに必要な視点をもち、発想ができるのだろうか。
「自分は教師としてまだまだ成長したいと思っています。だから、校長の話を聞き、新採の先生からも情報を得て、いいものはどんどん取り入れていきたい。それがCとして役立っているのだと思います」
 そこに少し付け加えたい。野田教諭は海外の日本人学校勤務の経験がある。そのときのことで、こんな話をされた。
「日本人学校の先生方は力がある方ばかりです。ただ、力があるのでなんでも単独でやろうとして対立するんです。そのとき、学校の運営は個々の力以上に協調性が大事だと実感しました。みんなで取り組んで効果を感じたら、みんなで笑い合い、喜べます」
 最後にアンケートの続きを紹介しておく。
「ウエルビーイングのために業務と生活を意識していきたいと思う」―あてはまる72%、ややあてはまる28%
「今後、ワークライフシナジーについて意識または試してみようと思う」―あてはまる44%、ややあてはまる52%。
 協力して業務改善を進めながら、それぞれが多忙感を感じない仕事の仕方を意識するようになった。そう理解しておきたい。

(後編へ続く)