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教育ジャーナル Vol.16-1

職員室改造計画20

教師が、自分の働き方を デザインしていけるように 後編
静岡県・業務改善「夢」コーディネーター

職員室改造計画20

教師が、自分の働き方を デザインしていけるように 後編
静岡県・業務改善「夢」コーディネーター

渡辺 研 教育ジャーナリスト

前回に続き職員室改造計画の記事を掲載します。前回は伊豆の国市立韮山中学校の具体策を提案するコーディネーターの姿を紹介した。後編では、掛川市立中央小学校のケースを紹介する。

掛川市立中央小学校のケース
――みんなの気持ちを調整するコーディネーター

それぞれの困り感の調整を図る

 中央小学校(田中浩美校長)の「夢Coさん(ゆめこさん)」は村松幸恵教諭。コーディネーター(以下C)の役割や実践について話をしてくださる雰囲気は、本当にそんな感じだ。韮山中学校の野田教諭(前編参照)とは、タイプは異なるが、“笑顔でコーディネートする”という点では共通しているように思う。みんなをいつの間にかその気にさせるには、必要な資質かもしれない。
 村松教諭は令和3年度からCを務めている。中央小学校は掛川市の「働き方改革」研究校として2年度からこの課題に取り組んできており、それを継続しながら静岡県の取組に移行していた。では、村松教諭がどうしてCの役割を担うことになったのか。キャリア十数年の30代の中堅。もちろん、前述の雰囲気が理由ではない。
「私には小さな子どもがいて、子育てと仕事とを両立しなければいけない立場にいます。ある意味では働き方改革が一番必要で、そういう人をCに選んではどうかということで、私にお話がきたという経緯があります」
 一種のユニバーサル・デザインといえる。村松教諭に過重の負担がかからない配慮をしてもらえれば、現実味がある視点だ。
「若手からも年上の先生からもみんなの意見を吸い上げて、徐々に学校の中の体制を変えていくのがCの仕事です。本校の場合は、学校全体が働き方改革に向けて大きく動いている中で私がCに配属されました。例えば、ICTによる業務改善はすでに推進されていましたが、そのため、アプリをつくる職員は本来の仕事にプラスしてその仕事をするのでとても忙しい。一方で、ICTが得意ではない職員も多く、使い慣れないことでかえって時間がかかると不満も出ます。現実に起きているそれぞれの立場の困り感を聞いて、みんなの意識をどうもっていくか、そういうことを私がやらせていただいています」
 3年度には「教員にとっての働き方改革とは?」という根本的な命題に、全教職員が真正面から向き合い議論を交わすことにもなったのだが、まずは、研究の柱となっていた取組から得られたことを紹介しておく。

精神的な負担感の軽減を実感

 取組(研究)の大きな柱は「教科担任制の推進」「午前5時間日課の導入」「DX推進(ICTによる業務改善)」の3つ。
 教科担任と午前5時間はそれぞれ本誌でも取りあげたが、働き方に焦点を当てた取組ではなかった。見方を変えると、これがどう見えるのだろう。
 一つ目の教科担任制は主に5、6年生(各3学級)で実施。メリット(教科数が減る、教材研究が深められる、多面的な児童理解など)や課題(時間割の作成など)は他の例と同様。ただ、研究の柱であるためか、専科や級外の教職員がたくさんかかわり、学級担任間の分担もあって、かなりダイナミックな教科担任制が行われている。
 学級担任が受けもつのは総合、道徳、学活、そして他の9教科中の2、3教科。空きコマが大きく増えるということではなさそうだが、この教科数は小学校教師にとって確実に負担軽減になりそうだ。アンケートではほぼ9割の教師が「新学習指導要領及び新教科書への対応に時間をかけられる」と答えている。
 村松教諭は、教科担任制を「学年担任のような形なので、一人ぼっちではないのがいいですね」とおっしゃる。それもまた特に若い教師の負担や不安を軽くしてくれる。
 二つ目。午前5時間(45分授業)の日課表は中央小学校のホームページに載っている(見ていただくと仕組みがよくわかる)。
 大まかにいうと、朝の会が7時55分に始まり、1時間目は8時10分にスタート。印象としてはかなり早い始業だ(神奈川県のA小学校では1時間目は8時40分開始)。休み時間は10分。中休みはない。5時間目の終了が12時35分(A小は4時間目終了12時15分)。給食、昼休みがあり、5時間授業の日は14時25分に下校、(掃除のない月・水曜日は14時10分)6時間の日は15時15分下校。クラブや委員会などにより児童の下校時間は動くこともある(A小の下校は5時間の日は14時35分、6時間だと15時20分)。
 午前5時間日課だと放課後(児童の下校後)に自動的に1コマ分の時間的な余裕が生まれるのかといえば、必ずしもそうでもない。ではなぜ、働き方改革の柱としてこの仕組みを導入したのか。
 もともとは、午前5時間日課は教科担任制を支えるために導入されたそうだ。午前中に5コマあると、教科担任のコマ続きの授業を組みやすくなる。ところが、取り入れてみると想定外の実感があった。
「放課後の時間を空けるのなら、午前5時間日課でなくても可能です。私たちが一番実感したのが、“午後に授業を2時間やらなくてもいい!”ということでした。子どもも先生も、午後に2コマやるより、午前中に一気にやったほうが集中力も切れないし、精神的にも楽だと言います。心理的負担を考えると、午前5時間日課はよかったと思います」
 5時間授業の日など、給食をすませれば授業はない。気が楽になることは想像がつく。
 精神的な負担軽減は大きいが、それだけではなかった。
 例えば、研究会や出張で午後をカットしたり自習にしていたりしたケースでも5時間は確保できているので、年間を通してみれば時数に余裕ができた。また、午前勤務の支援員が支援できる授業が増えた。日課が変更されたので、当然、会議などのもち方も見直されるなど、働き方にはそんなメリットもあった。

育休明けでも同様に仕事できる

 3つ目がDXの推進。始まりは“子どもたち一人1台タブレット”の前なので、ある程度落ち着いて業務改善への活用に取り組めた。働き方改革におけるねらいは、「時間的、空間的、人的制限からの解放」「作業の時短化が可能」。人手の割に業務量が多い学校では、機械にどんどん働いてもらうしかない。
 そこから期待した効果は「柔軟な仕事の仕方ができる」「一人ひとりのライフスタイルに合わせて仕事の仕方を選択できる」「教材研究、優先しなければいけない仕事に時間をかけることができる」「超過勤務時間の削減につながる」など。中央小学校では効果も実感できている。いくつか具体的に紹介する。

◆プリント・書類・おたより等のペーパーレス化(準備時間・印刷費の削減)
 もちろん、保護者はスマホからでも見ることができる。
 もう一つ、保護者関連。
◆保護者ポータルサイト(保護者からのさまざまな連絡報告を1か所に集約。記録に残ることで確実な対応につながった)
「保護者が悩みや学校への相談をそこに書き込んでいただけるようにしました。書き込まれたものは全職員が見ることができます。全員で落ち着いて対応を考える時間があるので、本当に助かります。これまでは、事前に対応を考える間もなく相談の対応をすることで、長時間お話を聞くことがあったのですけど、そういうことも減りました」
 教職員にはかなり大きな負担や負担感の軽減になることはいうまでもないだろう。
◆中央小職員ポータル(必要な情報を1か所に集約。教室など職員室以外の場所でも予定確認・各種申請が可能)
 いちいち職員室に戻らないと情報確認ができないのは、この時代の働き方ではない。
◆クラウドサービス上でのチーム作成(情報共有だけでなく投稿されたファイルは編集可能。離れた場所でも共同作業が可能)
◆クラウドサービスの会議機能・共同作業を活用したテレワークの実施(連絡・相談のしやすさ。子育て世代の大きな心理的負担軽減につながる)

 子育て世代の教師は自宅から、若手教師は学校から打ち合わせに参加。コロナ禍以来、世の中のあちこちでこういう働き方は当たり前に行われている。
「育休明けの職員は、16時半に学校を出て保育園に子どもを迎えに行かなければなりません。帰宅して、ご飯をつくって、寝かしつけて、やっと自分の時間ができて、やり残した仕事にかかれます。そのとき、クラウド上にすべてがあるので、ほかの職員のように学校にはいられなくても、そこから自分のペースで仕事ができる。そして、次の日は同じ土俵にいられるというのが、すごく大きいです」
「この仕事をすませてから帰りたいのに」という“ジレンマ”。「お先に」と言って、みんなが残って仕事をしている職員室を後にする“うしろめたさ”。そこから解放されるだけでも気持ちは楽になる。
「今は体制がしっかりできているので、みんなそれぞれ『今日は何々があるから早く帰るね』という感じになっています」
 こうなって初めて「働き方」を考えられるようになる。
 一つ付け加えておく。DXの推進は、どうしても若手が頼りにされる。でも若手は、授業づくりや学級経営に手いっぱいで、本当は時間的にも精神的にも余裕がない。
「頑張ってもらう若手を一人ぼっちにしないように、グループを組んで取り組んでもらうような体制にしました。大変な仕事だったのですけれど、そのことは大きかったです」
 あえて繰り返したが、「一人ぼっちにしない」は、この課題では大事な視点だ。中央小学校では、各種行事の担当でも、一人に負担がかからないようにグループで対応している。そこでも打ち合わせなどでICTがフル活用されていることはいうまでもない。

働き方改革を進めているのに…

 中央小学校の働き方改革の意識のもち方で転機になったのが令和3年度だ。
 コロナ禍は収束の気配すらなく、学校教育を停滞させないために国はGIGAスクール構想を前倒しして、2年度内には児童生徒一人1台、全国の学校に数百台単位のタブレット端末が届けられた。そこから1年足らずで、各校ではかなりの割合で学習や校務にICTを活用している。日々の授業(しかも、授業改善中)やコロナ感染防止対策と並行して、よくぞ対応できたものだと思う(しかも、ほぼ自力で)。これは全国の学校に共通の出来事だが、中央小学校の働き方改革の推進にも大きな影響を及ぼした。
「本校では、働き方改革を進めて時間をつくって、新しい学習指導要領対策に時間をかけようと考えており、研修も行っていました。ところが、ICT対応にも多くの時間をとられることになってしまいました。タブレット端末の設定を担当し、システムを構築していた職員は帰る時間も遅くなり、とても苦労しました。使い方に慣れない私たちや他の職員にとってもDXは大きな壁になって、“働き方改革を進めているのに逆に忙しくなった。なぜこんなに苦しいのだろう”という声が出てくるようになりました」
 不慣れな職員から「困ったことを共有できる場所がほしい」という要望が出て、Cに就いた村松教諭は「夢Coにつぶやき」という掲示板を立ちあげた。
 職員が困ったことをつぶやく(書き込む)と、それを全職員が見ることができ、気づいた誰か(主にはDX担当者)が解決策を教えてくれる。一人でイライラしなくなって、だんだん安心感が生まれ、DXにも慣れて、便利さを実感できるようになった。ここでも“一人ぼっちで悩まない”だ。

「働き方改革=早く帰る」なのか

 同時に、この混乱は「教員にとっての働き方改革とは?」という根本的な命題に、あらためて全員が向き合うきっかけになった。
 数値化すると現状も成果も見えやすいため、ともすれば「教職員の働き方改革=時間外勤務時間削減」と捉えられがちだ。でも、3年度が特殊な事情だったとしても、現場の感覚としては、時間という観点は教師の働き方にはそぐわない。
「『働き方改革=早く帰る』としてしまうと、一番頑張ってくれている職員を批判することになります。頑張っている人たちからの反発も大きい。そうすると、それぞれみんな頑張っているのに、職員室の雰囲気がすごく悪くなってしまったのです」
 子どもたちのために頑張ることと、教職員自身の働き方を改善することが、本当は矛盾してはならない。でも現実にはなかなか相いれない。
「本当に困ってしまって、掲示板を立ちあげたり(前出)、夏の研修ではこの課題についてみんなで話し合ったりしました。子どもたちのために思いきり仕事をしたい先生がいる。育児があるから、もっと仕事がしたくても16時半に帰らなければいけない先生がいる。みんなが苦手なDXを担ってくれている先生がいる。さまざまな立場の先生たちがいて、それぞれの思いがある。お互いに批判したり、批判されたりしなくなるには、どうしたらいいのかとみんなで議論しました」
 そして、「働き方改革=早く帰る」ではなく、「どんな立場の人も、自分のライフスタイルに合わせて働きやすい環境をつくっていくことがとても大切だ」という結論を得ることができた。
「DXは場所にも時間にもとらわれないので、それぞれのライフスタイルに合わせた働き方をするためには、大切なアイテムであることをみんなが理解しました」
 教師でなくてもできる仕事をすべてほかの誰かが代わってくれて、業務が激減するならまだしも、現状での教師の働き方改革をこんなふうに捉えて、自分で仕事と私生活とのバランスを取るのが現実的なのかもしれない。時間外勤務が常態化していいわけではないが、ある程度の範囲内で時間に縛られずに働くことが負担感や多忙感を軽くしてくれるなら、それも教師特有の働き方だ。
 前述の子育てと仕事を両立させている職員の働き方は、こうした教職員間の共通認識から生まれてきた。
「本当に生みの苦しみの2年間でした。でも、当時の校長先生から(田中校長は4年度着任)“今、頑張って体制をつくれば、絶対に楽になるよ”と言われて迎えたのが、今年度なのです」
 “子どもたちのために”と働き方改革が、共存する場面も生まれてきた。
 不登校の児童もオンラインで授業が受けられる。児童の姿を文字どおり見ることができるので、担任も安心できるし、家庭訪問の頻度も減らせる。
「この改革で教科担任を経験して、授業に自信がもてるようになって、子どもたちが前よりも生き生きしてきたのを実感されている先生もいます。ちゃんと子どもにも生かされた改革になっていると思います」
 意識の中からいったんは追い出した「早く帰る」も、各自の都合に合わせながら、誰に促されることなく実現している。

みんなの気持ちをそこに向ける

 静岡県が進める業務改革プランの柱の一つが「教職員個々の主体的な取組の推進」。2年間の苦労や夏の研修を経て、中央小学校の教職員は、この課題に主体的に取り組むようになった。主体的は自分事と同義。“自分のライフスタイルに合わせて働きやすい環境をつくること”は他人事ではない。
 今や意識は「学校みんなが夢コーディネーター」なのだそうで、業務改善や働き方に関して、教職員はさまざまな提案をしている。いくつか紹介する。

◆(DX担当でなくても)使ってみて便利なアプリを見つけて、発信。
◆新しいアプリの使い方を教え合いながら楽しく学ぶ。
◆事務職員は、物品をいつもきれいにそろえて、みんなが使いやすいようにしている。
◆事務主査の一括手続きによる、職員の事務手続きの簡略化。
 一般的に教師が苦手とされる事務仕事の負担を軽減してくれそうな視点なので、具体的な内容を紹介しておく。――休暇簿の取得時間、残日数の一括記入/旅行命令簿の一括作成/特殊勤務実績簿の一括作成/学年会計・積立金会計予算書原案の作成・清書/各種明細のデジタル化など――
◆新しい学び推進部は授業と宿題の改革を行った。最初の授業構想をしっかりやれば、子どもたちが意欲的に学習していくため、日々の授業準備が楽になった。高学年の宿題は従来のドリル学習を、授業の予習・復習中心の内容に改めた。休み時間の宿題チェックにかける時間が減ったことで、児童と向き合う時間ができた。
◆生徒指導推進部は、児童一人ひとりが、自分がチャレンジしたいことに取り組む行事を提案。児童が本当にやりたいことに取り組むことで生き生きと活動し、生徒指導が減少した。

 もちろん、これまでやってきたことを変えるには、莫大な手間と時間がかかる。でも「頑張れば、後々、楽になる」ことを体感した教職員は、表現は適切ではないかもしれないが、どことなく楽しげにこの課題に取り組んでいるような印象だ。
 今もこういうことが進行中。
「DXの中に図書館のようなものをつくって、指導案や各担任が毎回つくってきた授業のプリント、教材を分類して入れておくと、次の年につくらなくていいし、みんなで共有もできるということで、今、皆さんがクラウド上にデータを収集してくださっています」
 中央小学校のこうした働き方改革の動きの中で、あらためてCの役割を伺う。
「みんなが“こうだったらいいのに”と書き込んだものを見て、すぐに変えられるものは学年主任者会で相談します。すぐに変えられないものは、次年度のプランを考えるときに検討します。4月は忙しいので、前倒しで3月中にやっておこうとか、これとこれはまとめようとか、細かい部分の変更をそのときどきに学年主任者会で提案し、皆さんに考えていただく役をしています。もともと取組が3つあるところでCになったので、そういう仕事をしています」
「大きく取組を変えることと日々の業務改革は両輪です。日々の改善のほうが職員の実感につながりやすいと思いますよ」という同僚の声も聞こえる。
「大きく動くにはみんなの気持ちがついていかなければならないので、そこの部分をコーディネートしているという感じですかね。みんなが否定せず、なんとなくそっちに向いていくことが大事な改革だと思いますので」
 村松教諭は子育てをしつつ、4年生の学年主任・学級担任を務め、Cの役割を果たしている。この事実も、中央小学校の働き方改革の成果の一端なのかもしれない。

※中央小学校の実践報告は「Eジャーナルしずおか245号(令和4年3月)」に載っている(静岡県教育委員会ホームページ〔E ジャーナルしずおかバックナンバー〕で検索)